ねとげ~たいむ
電脳世界での私は思うように動けなかった。
何せパソコンなんて学校の授業かお姉ちゃんに貸してもらって買い物をするかのどちらかだったからだ。
「ええと…… 攻撃!」
コマンドを入力して剣を振り下ろす。
『ピギャアアッ!』
ドロドロした青いアメーバ状のスライムを撃破、私の目の前から消滅した。
「つ、次は……」
私は方向転換する。
だけど方向転換するもコマンド入力するも一々キーボードを見なきゃいけなかった。
皆は相当慣れてるんだろう、互角以上に戦っていた。だけど私はモンスターにでは無くパソコンに悪戦苦闘だった。
周囲の人達は戦い慣れしていた。
「百烈拳っ!」
「閃光突きっ!」
私と同じタイプの戦士の人達が必殺技でモンスターを仕留めた。
まだ気合い斬りすら覚えていなかった私にとって羨ましかった。
「エミル・ハイパーストロングダイナマイトクラッシャァァアアア――――ッ!」
「邪悪なる者達よ、永久の眠りにつけ! エターナル・ブリザードっ!」
中にはとんでもない名前の技や魔法を叫ぶ者もいた。
お姉ちゃんから技や魔法の名前を変えられると聞いたけど、さすがにこう言う名前をつけようとは思わなかった。
戦い続けていれば当然体力も減って来る、いくら戦士で体力や防御力はあっても攻撃を受け続ければライフは減って来る。
「ううっ、そろそろヤバいなぁ」
HPのゲージがかなり少なくなっていた。
私は周囲を見ると遠くの方に白いテントが見えた。
このクエストにも安全地帯と言う物がいくつかあって、それがそのテントだった。
この簡易施設に入るとそこには20人近くのユーザー達が休憩していた。
「満員か……」
表のグラフィックは人が2〜3人分入れるくらいの大きさだったのだが、内部にはとても大きく、何人ものユーザー達が列を作って並んでいた。
「ここに並べばいいのね」
私も列に並ぶ。
ゲームで補給と回復自体大した時間はかからない、よく他のゲームで一晩休んで全回復ってのはあるけど、実際のかかる時間は数秒だ。
あっという間に私の番になった。
目の前の木箱を繋げて造られたカウンターの上には簡素だけど十分な量の医療セットが置かれていた。実際はただのグラフィックだけど……
「えっと……」
私はどうしてやって良いか分からなかった。
エンターキーを押しても何も動かない。
「ちょっと、早くろよ!」
後ろのユーザーが待ち切れずに私に向かって眉を吊り上げる。
「ご、ごめんなさい!」
私は謝る。
今の私はATMの使い方が分からずに戸惑っている子供みたいな物だ。
確かにみんな待ってるんだし、そりゃイラつくのは分かる、私だって待たされるのはゴメンだ。
「どけっ!」
すると待ちきれなくなったアバターが私を押しのけた。
巨大な棍棒を背負った左肩だけショルダーが付いた胸当てと鉄の腰当てと鉄のブーツを装着したモヒカンのアバターだった。
「きゃっ!」
私は列から弾き飛ばされて床に転がった。
するとアバターは私を見下しながら言って来る。
「アンタ初心者か? だったら隅っこに引っ込んでろ、迷惑なんだよ」
「うっ……」
私は何も言えなくなる。
周りのみんなは私達から目を反らした。決して迷惑とは思っていないが関わりたくないんだろう。
だけど私がグズグズしているおかげで皆回復できずにいた。それは紛れもない事実だった。
私は俯いて肩を落とす、すると……
「ちょっと……」
1人の女の子のアバターが列から出ると私の前に立った。
「何が初心者よ、そっちだってランク1何だから似たようなもんでしょうが」
「ああっ? 何だよ、オレが悪いってのか? 一体何したってんだよ?」
「……るせぇ」
「んだと?」
男のアバターは女の子に近付く。
すると女の子はアバターの胸倉をつかんで目の前に引き寄せた。
「二度と言わねぇぞ…… この子が終わるまで待ってろ」
一瞬彼女が鬼に見えた。
まさに蛇に睨まれた蛙って奴だろう。
周りのユーザー達もその娘に凍りつき、アバターもガタガタと震えだした。
「は、はい……」
それだけ言うと胸倉から手を話した。
彼女は振り返ると私に向かって笑顔を作る。
「気にしなくていいよ、誰だって初めての事はあるんだし…… でしょ? みんな」
彼女が見ると他のユーザー達は顔を引きつらせながら何度も首を縦に振る、よっぽど怖かったんだろう。
その後は私は彼女に回復の仕方を教えてもらった。
「この前に立って、そして……」
彼女の言う通りに言われた通りにキーを押す。
途端緑色の光が私を包み込み、HPとFPが回復した。
「あ、ありがとうございました。何てお礼を言っていいか……」
「お礼なんか良いよ、このゲームやってるからには皆仲間なんだから」
何だか気前の良い人だな、さっきのはきっと気のせいだよね?
そう思いこませると私は自己紹介をした。
「戦士のコロナです。今日はじめてこのゲームを登録しました」
「僧侶のレミよ、私は2週間くらい前かしらね」
それでも私の先輩だった。
「それとさっきの事は気にしなくていいからね、ああ言う奴はどこにでもいるんだから」
「はい、それにしても勇気ありますね、私にはとてもマネできません」
そりゃ出来ないよね。
私が言うとレミは目を泳がせながら言って来た。
「べ、別に…… ちょっと家庭の事情でね……」
どんな事情よ?
嫌な想像しかできなかった。
「それより頑張ってね、まだ時間はあるから」
「はい!」
私はお礼を言ってテントを飛び出した。