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引きとめられた夜(改題)

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「逃げたな」
 白衣の男は、そう呟いた。
「はい。そうみたいです」
 私は車に駆け寄り、急いで運転席に就くと、
「お騒がせしました。お陰さまで助かりました。ありがとうございました」
 車の中からそう云って車を急発進させた。恥ずかしかった。どこかすぐ近くの暗がりに、あの男が潜んでいることは間違いない。恐ろしかった。
 頭の中は先程から真っ白だった。カーナビの画面を見ても、どこを走っているのかも判らない。ほかのタクシーで追跡されているかも知れないと思い、住宅地の中を少しだけ直進しては左折し、次いで間もなく右折する。そのようなことを繰り返した。後で考えてみると滑稽そのものだが、真剣に一人カーチェイスをしていたのである。その理由は、あの男が拳銃を所持している可能性に気付いたからだった。月に三十本も映画を観ている。唯でさえ妄想癖があり、殆ど常に小説の筋を考えているのが私である。
 警察に駆け込むことも考えた。そうした場合、必要以上に時間を掛けての、調書の作成ということになると思った。勤め先のタクシー会社は、帰庫時間に関しては非常にうるさい。寄ってたかって終業時間オーバーを責められる。それを想うと警察署へ行くことはできなかった。



 恐らくは今夜の、最後かも知れない乗客になった女性は、その乗り場から十キロは離れた場所の地名を口にした。ありがたいことだった。ワンメーターの客を七回くらい乗せて漸く積み重ねられる売り上げを、一人で与えてくれる乗客だと思った。すぐに二度目の信号待ちになった。目の前に多くの歩行者の姿があった。