あの幽霊は今何処に
「えと……何かいるんですか?」
私はそう言って後ろを振り向くがなにもなかった、私は話を変えようと話題を変えた。
「あの、質問ってなんでしょうか」
男性は我に返ったように頭を振ってこう言った。
「羽馴さんはなんでここ……えーと、地上界にいるんですか?」
「えーと、それは……」
「何か、未練があるんですか?」
図星だった、これ以上話せない、これ以上話してしまうと人に甘えてしまう、他人を求めてしまう、そう感じた私は部屋から消えようと席を立った。
「それじゃあ」
そう言って部屋を出ようとして男性に背を向ける、あっけにとられていた男性が口を開いた。
「あの、最後にもうひとつ!」
「なんでしょうか」
男性の方は振り向かず極力冷たい声でそう答えた。
「あの、未練が無くなったら自動的に……本人の意思と関係なく天国に行くのでしょうか」
「……いえ、一回この世界に霊体が馴染んでいるのでここにとどまることはできます、では」
不可視になって部屋から出る直前、男性の声を背に受けた。
「あなたの未練!! 俺が晴らしてみせます!」
私は部屋を出た、男性の声は扉に阻まれてもう聞こえなくなっていた。
{五日目 捜索の水曜日}
昨日、火曜日のことだ
「未練……か」
晴らすと言ったものの未練がわからないんじゃあ何もできない。
俺はインターネットで名前を検索してみた。
「えーと……!!」
俺はある新聞社の記事を見つけた。
{狂気、ただ殺したかった、残虐な通り魔}
そこに書かれていたのは数ヵ月前に起きた通り魔事件の記事、羽馴さんはその被害者で数日後に死亡したらしい。
俺はその記事に関する情報を調べた、羽馴さんの母親が出ているニュース動画で俺の手は止まった。
羽馴さんの母親の言葉はこうだった。
{あの子、多分さみしがっています、私達の家系は長生きで……あの子、多分一人ぼっちなんです}
「まさか……これか?」
俺はすぐさま学校用のカレンダーを書き直した。
翌日、つまり今日、俺は図書館にいた、読んでいるのはもちろん幽霊関係の本だ、昨日の夜羽馴さんは出てこなかった。
「なんとかして……」
なんとかしてこっちから羽馴さんに接触したい、その思いで本を調べ、書いてあった物に必要な物を揃えた。
幽霊が出やすいと言われる夜に簡単に出来る方法をすべて試した、しかし何も起きなかった。
「これもダメか……」
あと試していないのは二つだった、そのうちのひとつを試そうとした時、目の前が真っ暗になった、立ちくらみのようだ。
その後の体調は優れず、俺は二つを試せないまま寝ることにした。
ベッドに入り少しして睡魔に身を任せようとした時、足の方に羽馴さんが見えた……気がしたが睡魔に耐え切れず俺は眠りに落ちた。
「わ……ダメ……」
数時間後、おそらく水曜日の夜中(寝ぼけていたからわからないが)呟く声が聞こえた。
「ん……どうしました?」
寝ぼけたままの頭で聞いてみた。
「えっ……起きていたんですか?」
その声で分かった、やはり羽馴さんだ。
「まだ寝ぼけていますけど」
少し笑いながら起き上がった、しかし羽馴さんの姿は無かった。
「あれ……夢……か?」
俺はただ部屋の壁を見つめるばかりだった。
{六日目 変化の木曜日}
私は男性の部屋の裏に一人でいた、時間は午後の六時頃。
{あなたの未練!! 俺が晴らしてみせます!}
数日前出会ったばかりの男性は見えないはずの私に向かってそう言った。
「…………」
目から涙が落ちた、声だけはなんとか抑える。
「……うう」
嗚咽が漏れた、慰めてくれる人はもういない、忘れていた、押さえ込んでいた感情が溢れ出してきた。
人間というのは生物の中でも霊的な物の影響を受けやすいらしい。
「だから……」
だから人間と霊が共にいると人間は霊に影響され霊に近づいていくのだ、つまり死に近づいていってしまう……だから……
「羽馴……さん? どうしたんですか?」
あの男性の声が聞こえた、不可視にするのを忘れていたようだ、私は見えないように涙を拭いて男性の方を向いた。
「なんにもありません」
わざと冷たい声を出す、すると男性の顔が少し歪んだ。
「羽馴さん!」
男性が少し大きな声を出した、男性の顔を見ると真剣な顔になっていた、なんとか表情を変えずに冷たい声のまま答えた。
「なんでしょうか」
「そんな声出さないでくださいよ」
これ以上言わないで、心の中でそう叫びながら冷たく言い放つ。
「この話し方でわからないんですか? 私にかかわらないでください」
男性は真剣な顔のままで口を開く。
「わかりますよ、わざと突き放そうとしてるんですよね、なんでですか?」
私は口を閉じて男性の反対側を向いた。
「何言ってるんですか、理解できていません、それじゃあ」
私がそのまま壁に入ろうとすると男性は静かな、そして力強い声で言った。
「あなたは一人じゃありませんよ」
私は男性の方を振り返った、男性はそのまま話を続けた。
「俺が、俺でよければ、あなたの傍にいます」
その言葉を聞いた私はその場にいることに耐え切れず壁の中に入った。
「待ってますよ!! 夜にまた会いましょう!」
男性はそう叫んだ。
{七日目 決意の金曜日}
「……失敗したかなぁ」
昨日の夜、羽馴さんは現れなかった、流石に強引過ぎたのだろうか。
そう思いながら学校に行った。
帰ってからは何もする気が起きなかったのでただテレビをつけて椅子に座っていた。
「あーあ」
何もせずに夜、ただベットに寝転がっていた。
「何してるんですか? だらしないですよ」
聞こえたのは最後に聞いた冷たい声じゃなく、椅子に座って話した時の声だった。
咄嗟に起き上がって後ろを振り向くとその声の主、羽馴さんがそこにいた。
「羽馴さん」
「昨日はすみません、気持ちが整理できなくて」
「大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
「羽馴……さん」
俺が無意識に呟くと羽馴さんは優しい顔で口を開いた。
「未練……晴れました」
「え……?」
「あなたのおかげでわかったんです、知っている人がいなくても……それが当然なんですよね」
「……」
俺は羽馴さんの話を静かに聞いていた。
「新しい世界に来たんです、それに知らない人だって……優しい人だっているんですね」
そういって羽馴さんは俺の方に近づいて言った。
「これで……あっちの世界に行けます」
俺はその意味を少し考えて始めて口を開いた。
「行ってしまわれるんですね」
羽馴さんは少し悲しい顔をして
「すいません……」
「どうしても、行くんですか?」
我ながら未練がましいとは思うけど諦めきれなかった。
羽馴さんは少し間を置いて力強く言った。
「決めたんです」
俺はその一言に羽馴さんの決意を感じた、これ以上は無駄、そうわかっているのに諦められない。
「でも……」
もう少しだけでも、そう言おうとした俺を羽馴さんが制した。
「決めたんです、明日のこの時間、最後に会いにきます」
そう言って羽馴さんは見えなくなった、声も、動く音も聞こえなくなった。