30年目のラブレター
30年目のラブレター あれから…
季節はもう春だというのに寒い日が幾度となく訪れていた。
まるで私の心を見透かすように春風も冷たく
指先も冷たかった。
数日前から木曜日は春めいて
気温も20℃以上になるとテレビで気象予報士が
告げていた。
コーヒーを飲み干しベランダに出ると
風は少しあったが、暖かくやわらかい優しい風が髪を揺らした。
アコースティックギターをソフトケースにしまい
楽譜とピック、ノートとお気に入りのボールペンを一本だけ、
小銭と携帯電話を持った。
駅裏の芝生の公園で曲作りでもしようと前日から決めていた。
駅裏の公園までは2分とかからない。
家の前の通りを風の暖かさを感じながら歩いていると
通りの向こうに中学生の時の彼氏が突然幻のように
現れた。
彼は自転車にまたがり携帯電話をいじっていたが
先に私に気がついて軽くニコリと笑いながら
ペコリと頭を下げた。
私は「よう!」とか「元気!?」とか軽く挨拶したかったのに
彼のペコリに、こちらも慌てて一旦立ち止まり不器用に
ペコリと頭を下げた。
声の届かいない距離。
その距離感がとても自然で、心地よかった。
ギターを背負ってる私を見て彼が
駅裏の方を指差した。
私は「うん」と頷いて「バイバイ」と手のひらを上げた。
春は色んな出会いがある。
公園に着くと、わずかに残った桜の花びらが
ハラハラと散って私の上に舞い降りた。
空はとても広くって、雲がとても近くって
頬をつつむ陽射しはやわらかく。
凍りついていた心が
少しずつ溶けているような
そんな気がした。
芝の上に座りギターを取り出し
初めて外で弾いてみた。
気持ちいい!
言葉の花びらが
いくつも いくつも
降り注ぐ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたの声を聞いた瞬間
閉ざされたオルゴールのフタがひらいて
愛が一気に溢れ出した
ごめんね
どんなに愛したって
離れていた時間は埋められないのに
数え切れない思い出が
走馬灯のように溢れ出すけど
もう涙は流さない
あなたの幸せが 私の幸せなんだよ
あなたの笑顔はわすれないけど
大切にまたオルゴールのメロディと共に
しまっておくよ
ごめんね
愛しすぎたこと
時は意地悪に過ぎてゆくよ
数え切れないあなたの言葉が
次から次に溢れ出すけど
もう涙は流さない
あなたの幸せが 私の幸せなんだよ
もう大丈夫
春風に誘われてメロディーを奏でたら
きっと忘れられる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一曲だけ書けた。
どれだけ時間が過ぎただろう
お腹もすいてきた。
「おーい! さくらー!」
「あー! タケル! どうしたの?」
「いや、通り道」
彼はさっきの挨拶に納得していなかったのかな?
私の名前を呼ぶ彼の声に親しみを感じた。
私はギターをしまい
子供用シートのついた自転車を引くタケルの横に並んで歩き出した。
暖かった風も少し冷たくなってきていた。
「子供、いくつになったの?」
「3歳」
「お迎え?」
「うん…」
「可愛いでしょ?」
「うん」
私の愛した彼とも、こんな風に話せたらよかったのにと…
もう二度と会えないだろう彼の想い出に
鍵をかけて、4月の空に彼の幸せを願いながら
私は歩き出した。
作品名:30年目のラブレター 作家名:momo