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プリンス・プレタポルテ

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18.アーネスト



 ビー、君の顔しか思い浮かべることが出来ない。
 今、三輪トラックの助手席にいる。おんぼろで、30マイルしかスピードの出ない車だ。私はイカロスを羨む。どれほど脆く危険なものであっても、今すぐ君の元に飛んでいけるのならば、私は喜んで蝋で固めた翼を背負うことだろう。会いたい。今すぐ会いたい。
 ハバナの惨事を聞いたのはついさっきのことだ。現に、あの太陽と海風の匂いが溢れた美しい街を破壊するための武器を荷台に積んでいる。分隊長に頼み込んで、補給物資を輸送する車両にもぐりこませてもらったが、エンストばかり起こす小さなトラック、スクラップにしてやりたいくらいだが、これが頼みの綱なのでどうしようもない。こんなものに頼らなければならない自分が情けない。
 私は馬鹿だった。愛する君を置いて、こんな異郷の地に。社会主義が何だ。カストロが何だ。何よりも大切なのは君だ。愛だ。君より大切なものなんてない。君がいなくなれば、私はどうすればいい。年老いた惨めな中年男でしかない。ビー、私には君が必要なんだ。私に復活の力を与えてくれるのは君だけなんだ。
 君の若さを愛している。太陽の光に輝く髪を。その輝くまなこを、とわの夢見る深い海の色の瞳を。子供っぽくつんと上を向いた鼻を。優しい微笑みを浮かべる唇を。ちょっとハスキーで舌足らずな声を。柳のようにりゅうと伸びた手足を。細い指を。笑顔を。何もかもを。全身が宝石のように輝く君の手をとり、私は誓った。君を守ると。それがこの有様だ。私は幸せになってはいけない。幸せにしてはいけない。全て私が悪いのだ。もしもこの騒乱で君の無邪気な眼が曇ったとしたら、私はイスカリオテのユダ以上の悪を、この世で行ってしまったことになる。地獄の奥底、コキュートスで魔物に噛み砕かれるくらいでは済まない大罪を犯してしまう。いや、そんな罰が何になろう。君を失うことこそが、最大の苦しみなのに。