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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 フィルムの中で人は生き、死ぬ。俳優は何度もそれを繰り返す。だからと行って、自らの人生にそれが反映されるわけではない。年齢を重ねていくうちに、自らの過去を蛇の如く無心に丸呑みすることは出来るようになった。けれど、人生の重い塊を消化できているかと問われたとき、YESと答えられるほど彼は悟っておらず、傲然となりきれていなかった。グレゴリオは、まだ生きている。だから、自伝映画製作の話を持ち込まれたときは、驚いて拒絶した。
 けれど今、ナイフで手紙を切り裂いたときから、後ろめたい敗北感が徐々に理性へ浸透し続けているのを、グレゴリオは無視することが出来なかった。
 日を追うごとに近づいてくる革命軍の砲弾。正規軍がやってくる前、捜索許可を求め前哨兵たちがホテルを訪れたことがあったが、先月アメリカからやってきたばかりの年若いドアマンは、頑として彼らを中に入れようとはしなかった。
『ネクタイを着用でない方は、チェックインできません』
 その話を聞いたときは思わず腹を抱えて笑い、チップを多めに与えた。この辺りはランスキーやジアンカーナなど、アメリカの特定富裕層が経営するホテルばかりで、革命の士たちもおいそれとは侵入できない。ましてや、首領は未だどこかの農村で燻っていると聞く。そう自らを慰めていたら、明後日にはフィデル・カストロがハバナに入ってくる。
 粋やムードという言葉は薄れ、革命軍の兵卒とそれほど変わらない格好をした人間が、映画雑誌の表紙を埋め尽くしている時代だ。 
 手紙の細かな文字に眼を落とす。光がちらついて眩しいので、手元の明かりをつけた。辺りが仄かなオレンジ色に戻る。値段は、弱小の配給会社が出すにしては桁外れで、紙の中で這い蹲る重役の姿に、憐憫すら覚えてしまう。そして、最近見た新劇の台詞を思い出す。
 ”私はいつも見ず知らずのかたのご親切に縋って生きてきましたの”
 ランスキーと話したとき弄んでいたコインが、モーツァルトの横に打ち捨てられている。グレゴリオはモーツァルトが好きではなかった。余りにも神聖化される本物の天才作曲家を象った石膏像を見るたびに、表現したくない類の苛立ちと諦観が湧いて出る。無粋な奴だ、と笑うシーゲルの横顔。けれど、彼が月光ソナタを聞いて「シューベルトの最高傑作だ」などと空威張りをしていたことまで思い出し、グレゴリオはため息をつかざるを得なかった。