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プリンス・プレタポルテ

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青年の掌とアイドルの歌声に両側から掴まれ、彼女の心は完全に引き裂かれた。顔に乱れ髪がくっつくのは堰を切って溢れる涙のせいで、歌手の声が完全に消えたのは咽びが開いた小さな唇からついに飛び出したからである。ソファに染み込む涙が乾くまで、彼は畏まった姿で膝を立て、無言のまま彼女の頭を撫で続けていた。父が死んだ日以来これほど多くの涙を流したことはない。懸命に食いしばる低い嗚咽と、汗ばむ熱に、身体がどうにかなってしまいそうだった。


 自分はなんとふしだらな女なのだろうと、彼女は思わず赤面した。あの後自ら戸惑う青年の身体にしがみつき、恋人へするように頬をすり寄せ泣くなんて。世間で見たら、浮気の現場だと勘違いされてもおかしくない。アーネストに対する後ろめたさと、芽吹いた秘密を胸に秘めることへの高揚に、彼女は大きな困惑と、甘さを感じていた。口にするジン・トニックは刺激的だった。もしかしたらアーネストも、こんな風に心が揺れ動いたとき、アルコールを口にしていたのかもしれない。
「貴女のお父様、新聞社の方?」
 女が唐突に問いかける。
「ええ」
 船内でも間違われたので衝撃は薄れているものの、埋めることの出来ない年の差は、指摘されるたび心を傷つけた。曇った表情を目にして、女も痛ましそうな表情を浮かべてみせる。
「そう。お仕事とは言え、大変ねぇ……こんな可愛らしい娘さんを一人残して。貴方もさぞかしご心配でしょ?」
「連絡がなくて……カストロの近くにいるとは聞いてるんですけど」
「どこの新聞社にお勤めかな」
 男が新聞から顔を上げる。
「『L.A.アメリカン』です」
 手の中のグラスを握り締める。
「ハースト系か」
 男はしばらく黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「アーネスト・ファウラーが特派員になってこっちへ来てるらしいね」
 少女の硬直を、男は愉快そうな冷徹で観察している。
「私、ファウラーが大好き。素敵よ」
 ベアトリスが何か言おうとする前に女が黄色い声を出したため、彼の眼はまた妻の方へ戻った。

 その先をどう取り繕ったか、記憶は曖昧である。ただ、アーネストが帰ってくるまでもう二度とロビーには行くまいと、彼女は固く心に誓った。寂しくはなかった。ラジオもあるし、あのボーイはまた来てくれる。今まで身におぼえたことのない勘で、彼女は彼の来訪をはっきりと感じることが出来たのである。