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プリンス・プレタポルテ

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 テーブルを指すと、彼は頷いて機械を乗せる。腕の隙間から覗いていることに気付いているのか、彼は無心に周波数を合わせた。放送局も革命軍に占拠されてしまったらしく、どのチャンネルにしても早口で尊大なスペイン語の演説しか聞こえてこない。やっと一つ、引っかくような音に紛れて、英語らしき言語が聞こえてくる。背景には、微かにポール・アンカの歌声までついてきた。「わが運命、それはあなたのこと」。撮影の合間、セットの裏でよく口ずさんだ曲が、物悲しいメロディと共に錆びたスピーカーから押し出され響く。少し薄暗いが、とにかく多くの人々が行きかい、叫びと笑いと勢いに溢れていたハリウッドのセットが懐かしい。今もホテルの外ではMGMの撮影所並にめまぐるしい勢いで軍隊が走り回っているに違いなかったが、ハバナの空気は触れるだけで火傷しそうな熱狂を以って、彼女を完全に締め出していた。
 ロビンフッドはどこにいるのだろう。カスター将軍も依然として行方は知れない。
 またもや新たに湧き出る涙。頬と耳朶に流れる血が熱と共に彼女の心を締め付ける。声だけは出すまいと唇を引き結んでも、湿った吐息が唇から漏れ出すばかり。だから、またもや混乱に苛まれクッションを濡らした17歳の少女が、その場へ膝をつき肩にそっと触れる青年の手から逃げることが出来なかったのは不可抗力といえた。
 薄布越に伝わる青年は繊細でありながら熱く、彼女は思わず身を強張らせた。骨ばった指は感知に一瞬動きを止めたものの、結局その場に踏みとどまり、柔らかく静かな手つきでベアトリスの頭に移り、そっと撫でる。ベアトリスには兄弟がいなかったが、もし兄がいたならばこのようにして触れてくるのだろうか、と、徐々に抜ける力の最中で思った。今まで付き合った同年輩の少年達はもとより、父でもなく、アーネストともまた違う、プールに沈んだ身体を水越しに労わられているかのような、控えめで温かい手であった。
 彼の掌がベアトリスの頭の丸みに達したとき、櫛もろくに入れていない自分の細いブロンドを思い出し、彼女はにわかに恥じた。けれど青年は全く気にかける様子もなく、遠慮がちに撫で、気を静める。こんな近くにいるのにも関わらず、彼の吐息は聞こえる気配もない。終わりに向かうアンカの叫びは搾り出されるようで、あまりのノイズの酷さと大きさに腹立たしいほどだった。