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プリンス・プレタポルテ

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 殆んど部屋に引きこもったままだった彼女のもとへアーネストが帰還したのは2週間と3日後の話である。軽快なノックにドアを開け、そこに突っ立っているやつれ果てた男の姿を見てベアトリスが一番最初にしたのは熱い抱擁でも甘い口付けでもなく、その端正な顔を思い切りひっぱたくことだった。一瞬驚いた表情を浮かべたアーネストだったが、すぐ映画で演じたプレイボーイそのままに破顔し、華奢な彼女の身体を腕の中に収めた。その後は言わずもがなで、ベアトリスの脚が彼の腰に絡まるのと、少女を抱きかかえたままの彼がベッドへ向かうためにくずかごを蹴り飛ばしたのは、ほぼ同時の出来事だった。



 そんなことを数度繰り返し、彼が追いかけていたはずのカストロはハバナにやってきている。ホテル内の誰に聞いても、アーネストの姿を見かけたと答えてくれる人間はいなかった。
 もしも異国の地で取り残されたら。何よりも、彼の見の安否が気に掛かった。
 母親は泣いて反対し、妹は賞賛の眼を向けた。生まれて初めて彼女を一人の女性として扱ってくれたのだ、と幾ら話しても、回りの人間は薄い笑いで肩を竦めるだけだった。
 それでも、彼女は心からアーネストを愛していた。彼がこの場にいなくても、たとえ他所で女と合っていたとしても。左手に光る結婚指輪も、彼の笑顔でたちまち見えなくなった。


 シャツを抱えたまま、彼女は再びベッドの中に戻った。スパムなど、考えただけで吐き気がする。シーツはキャタピラや砲弾の音を消してはくれなかったが、視界だけはさえぎってくれた。懐かしい匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、せめて夢の中だけでも勇ましい彼の姿が登場することを、彼女は切に願っていた。