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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 そっと顎を持ち上げられ、唇に触れるだけのキスを。丁寧だが辛いウイスキーの味がする口付けは、かつて見た映画の中、アーネストと美しき貴夫人エヴァ・ガードナーが月夜のバルコニーで交わした抱擁を思い出させた。
「早く帰ってきて」
 ため息と共に吐き出した言葉を簡単に振り切り、アーネストは再び鞄のほうに興味を移した。
「革命が終わったらな」


 気が付けば、中身のない服を抱きしめていた。固い麻に涙は吸い込まれていく。食欲は失せていた。
 ロビン・フッド。カスター将軍。誰一人として彼女に手を差し伸べてはくれなかった。
 ニュースを聞いて興奮するアーネストに連れられるままこの土地を踏んだ。彼女は外国はおろか、故郷とロサンゼルス以外の場所を訪れた事さえなかった。
 生まれて初めて乗った飛行機は恐ろしかったが、占領の歴史を面白おかしく話すアーネストのおかげで、軽い酔いに悩まされただけで済んだ。空高く窓から見下ろしたキューバの美しさは、降り立ったときに頬を撫でた風のぬくもりと共に、若いベアトリスを喜ばせるのには十分な魅力を持ち合わせていた。
 最初の二日間、観光に付き合ってくれたことはアーネストとしては最大限の奉仕だったのだろう。コロニアル様式の建物は太陽の光に白く輝き、アーネストは優しくベアトリアスの腕を取って町の中を案内した。

 酒量と派手な行動は相変わらずだったがとてつもなく幸せな時間の後、三日目の朝彼女は自らがベッドの中に一人取り残されたことを知った。
 ベッドサイドに置かれた手紙には詫びと冒険への気概、そして昨晩教えてもらったばかりでルールを覚え切れていないカジノ・ゲーム用にとの小遣いの場所が記してあった。最後に書かれた”Love”の単語は、昨日までこれほど耳に心地よく響く言葉はなかったのに、今ホテルの便箋でインクの染みとなると、ただ大粒の涙を溢れさせる要因にしかならない。