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プリンス・プレタポルテ

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 荷台でしゃがむ兵士は皆興奮しているもののどこか虚ろな眼をして―夏の真夜中に家へ飛んできた梟のようだー隙あらば意識を飛ばして通り過ぎる町並みに視線をやる。風の生ぬるさと、気まぐれで生える木々、その向こうに広がる空の青さ。強烈な体臭に混じるカストロごのみの葉巻の甘い香り。市街地を抜け、軍用トラックは朝からずっと走り続けている。そろそろ昼近くで、バティスタ軍と比べれば規範などと言うものと程遠い革命の戦士達は、適当な木陰を見つけ次第用意の昼食を腹に収めにかかるだろう。
 殆んどが20代から30代の兵士は、取材の結果が新聞に載るということに大いに興味を掻きたてられるらしい。質問へも積極的に答えてくれる。やり取りは円滑で、その気さくさをルイス・B・メイヤーあたりに分けてやって欲しいほどだ。そのうち誰かが私の正体に気付き、質問者と回答者が入れ替わるまでの間に、記事に必要な情報は十分まかなえた。
「光栄だ」
 私は涼しい顔をする。
「アメリカ以外でも名を知られているとは」
「故郷の映画館で、よく掛かってます」
 右端に小さくなって座る痩せた青年が途切れ途切れに言う。
「あの、エメリン・グレンヴィルと、ティモシー・ペインの映画、5回見ました」
「ああ、あれね」
 二年前の映画で、舞台はスペイン。有閑貴族の私と新聞記者のティムは情熱的な娘エミーと恋におちる。実際の撮影はメキシコで行われた件、そしてトレーラーは交渉の末わざわざ巨大なものを三つ運ばせたにも関わらず、私とティムのシーツは殆んど使われることなく、美しく妖艶なエミーのベッドが三人分の重みで酷く傷んだ件に関しては、特に明朗活発な快男子として売りに出されているミスタ・ペインの名誉のためにもこの場で口にするのは慎むべきだと判断する。
「エメリン・グレンヴィルは美しい」
 このように、映画というものへ全幅の信頼を寄せている人間が、世の中には山ほどいるのだから。
「あの脚がセクシーだ」
「俺はラナ・ターナーがいいな」
「馬鹿いえ、あれは悪女だぞ」
 飛び出す名の多さにいちいち頷き、あたりさわりのない話で上手く茶を濁す。若いときからあちらこちらを見て回ったが、女の裸を考える男の眼が異様な光を湛えるのは万国共通で、この点から考えてもアーリア人を偏重したヒトラーの考えが間違いであったと私は断言できる。