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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 私が手にあったのがロックグラスではなく、ハバナ産の葉巻だったら、あの男はもう少しまともな言葉で話しただろうか。
「今どこにいるの」
「え」
「彼よ。カストロ」
「ああ。3つくらい向こうの村じゃないか」
 冷たい水を浴び続けていれば逸る血の巡りも少しは大人しくなる。女の手つきはそれほど性的な匂いを感じさせないものであることに、ようやく気付いた。なんて自意識過剰だ!
「ここは大分後ろのほうだからな」
 彼と喋ったのは進軍が始まってすぐの頃で、4日ほど前になるのだろうか。あの男は始終注意を向けてはいるがそれ以外のアクションを起こそうとはせず、にわか特派員に変身した映画俳優へぬるい愛想を与え続けていた。旅費を出した新聞社には悪いが、私に出来るのは気の乗らない慈悲を受け取り、酒を飲むくらいのものだった。絞って出てくるのは汗のみで、報告するようなことなど何もない。革命はつつがなく進行し、あと数日でカストロはハバナに到着する。そこにはビーがいる。世界の美しさと新しさだけを真実と見なす、楽園が広がっている。
「ついてくるか。向こうでインタビューするから、カストロに会えるぞ」
 言葉は排水溝に向かって流れ、ようやく女の緩やかな、宥めるような手つきが一瞬止まりそうになる。なるだけだ。微かに息を止め、それからすぐにまた手の動きを開する。
「無理よ。子供がいるから」
 凍えた背に掛かる息は温かい。しかし、イルダの口調はますますはっきりと、下のほうにとごっていくばかり。
「そうか。子供。幾つだい」
 女は一瞬ためらい、裸の胸を軽く押し付けた。
「今年で3つ。女よ。父親は、生まれる前にゲリラに参加した」
 ビーとそれほど変わらないような年頃だと思っていたのに。水の勢いが少し弱まったような気がした。
「母さんが育ててるけど」
 皮膚を伝って落ちていく水は、シャワーヘッドから生まれたときと殆ど変わらないように思える。
「この行列の中にいるって、ずっと考えてたの」
 イルダは男を想い、私の背中をスクリーン代わりにして懐かしき面影を探っている。私も水垢の付いたタイルに両手を突き、サブリミナルでちらつくビーの方向へ意識を向けようとしていた。
 弾力的だが引き締まった肌がゆっくりと離れる。
「でも、いない。この1週間、ずっと酒場の入り口から、行進する男を見てたけど」