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プリンス・プレタポルテ

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 ベッドからはみ出した手首を動かしても、女は瞳孔の開ききった目で見下ろしてくるばかりだった。窓を開けたところで完全に消えはしない阿片の甘い匂いが鼻腔に流れこむ。左手に掴んでいたはずの筒はベッドの下にでも転がっているのか、むくんだ手を握り締めても虚しく空を掴んだだけだった。
 グローブを外したランプの光は昼の日差しに押されていかにも頼りなく、昨晩まで部屋を支配していた不道徳さは幾分薄れ、後には阿片の香りと怠惰だけしか残っていない。

 顔を逸らすと女の手はぽとりと外れて落ちる。背中と腰が痛い。湿って温度を持ったシーツが不快だった。見上げた女の長い髪は顔を半分覆い、半開きの唇の端が涎で濡れていた。夢の続きのまま重い腕を持ち上げて、むき出しの肩を掴む。軽く引くと、倒れ掛かってきた。
 今の時期のアメリカならば寒さで震えるであろう格好でも、一年中けだるい湿度が覆うこの国では全く問題が無かった。私はどこかで拾った女と二人、中途半端な暗がりの部屋で意識を漂わせようとした。何度瞬きをしてもけぶったままの視界は、このシチュエーションにはまさしくうってつけだった。
腰に当たる堅さを見下ろすと、何のことは無い、探していたパイプは女の手に握られている。何にせよ今はもう必要ない。肉の薄い、皇かな女の背に手を這わせ、まどろみの最中高まっていた動悸が落ち着いた頃には、すっかり思考は元通り溶解していた。


 アーネスト・ファウラー、という名を飲み込み、カストロの友人、と怒鳴る。するとどうだ。田舎臭い顔をした税関職員はぺこぺこと頭を下げ、トランクに手を触れようともしなかった。これがこの国における私の肩書きだった。受難の美剣士。冒険家。気取った呼び名は、世界地図で見れば広いが、腰を落ち着ければ途端に狭苦しく感じるアメリカでしか通用しない。だが果たして、今の若者はこの名を知っているか否か、私は中年太りした時代遅れのお気楽なスターであるか否か。さぁ、どうだ? 愛しのビー、私の名前は?