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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 肩を抱き合い久しぶりに会う井田は悔しいかな、いまだにかっこよかった。どこか垢抜けて、よくしゃべる口先は健三にとって真似ができないものだった。何か香水でもつけているのかいい匂いがした。健三にとって匂いを身につけるのは整髪料ぐらいだ。花火の火薬は身に染みるほどついているが、それは自慢できるものじゃない。健三にとっては香水は別世界の匂いだった。
「どう、最近?」
井田はニコニコしながら聞いてくる。
きっと誰にでもやっているんだろうが田舎の代議士のような胡散臭い感じがした。
「花火のことか?」
健三は言った後で、それ以外何を聞きたいんだと余計な事に気をまわしている自分に笑ってしまった。まさか美香のことを聞いてるわけでもないのに…。
「だめだ最近は。どこも不況でお金をかけなくなってきている。お前んとこもだろ?」
最近はデジタルカメラの普及できっと写真なんかプリントしにくる奴はいないだろうという読みがあった健三は負けん気で言ったつもりだった。
「いや〜〜忙しくてな。結婚式やら記念日やら新しいスタジオが大活躍だ。今、スタジオのチェーン店を広げてる所だ」
井田はやはり世の中の立ち回りもうまかった。
「まっ、なんだな、男は金より愛が必要だ」
「愛?」
もう何年も忘れている愛が今必要なのか?金持ちは余裕がある。健三は思いもよらぬ単語に苦笑いをするしかなかった。

「ところで、美香とはうまくやってんのか?」覗き込むように見る井田がいやらしい。
「ああ、平、平、凡、凡にやっているよ」
「そうか、よかったじゃないか」
何が良いのか本心なのか、まだ結婚したことを根に持っているのか・・いや根に持っているのは自分かもしれない・・すっかり井田のペースに巻き込まれている健三は自分が嫌になった。

 美香は健三の肩に手を回し再会を分かち合う井田を見て、少し心の中がきゅんとしていた。井田が自分を好きだったことは知っていた。自分が井田の初恋の相手であることも知っていた。健三には言ってないがラブレターをもらったこともあるのだ。ただ、あの頃は恥ずかしくて返事ができなかった。実は美香も井田のことは本当は好きだったのだ。今回の同窓会の幹事が井田ということで何かを期待している自分がいた。目の前の井田は、そう悪く変わらないでよかったと美香は思った。