十六夜(いざよい)花火(前編)
同窓会の日は初夏のようで4月にしては汗ばむほどだった。
大きな川のほとりにあるその旅館は古くからある。たぶん健三達が中学生の時からあった建物だろう。
田舎町にしては構えが大きく、大きな団体様専用という料理旅館だった。実際、昔からこのそばを車で通るとき客室に泊り客の明かりが見えてたためしは記憶ではなかった。きっと同窓会やら親睦会、老人会と「会」がつくものなら何でも引き受けますの地元では便利な代物だろう。
玄関や大広間は決して綺麗とは言えなく、むしろ古い汚いと言わなければならない。大手のチェーン店の旅館かホテルが来れば真っ先に無くなりそうな田舎の旅館だが、こんな片田舎の人口3万人にも満たない町には大手の資本が入って来る筈もなかった。だからこそこの旅館は生きながらえてるんだろう。そして、いくつもの同窓会をこなしていく。町にとっては古くても貴重で歴史のある便利な旅館に違いなかった。
玄関を入ると長机に白いクロスをかけただけの受付が見えた。健三と美香が二人そろって近寄り歩いていくと受付を取り囲んでいた数人が振り向き、笑顔で迎えてくれた。
「おぉ〜 有田、ひさしぶり〜〜」
真っ先に声をかけてきたのは、昔の面影を少し残した井田だった。
彼は今回の幹事を進んでやっていた。井田一博は町の一番大きな写真館の2代目の息子だ。商売人の子らしく、昔から立ち回りがうまかった。口も達者、笑顔もすぐ出る人気者でクラスでは級長をやっていた。健三が勝てるのは成績ぐらいしかなかったが、井田だって常にクラスの中の5本の指に入っていた。
悔しいかな健三にとっては、最大のライバルでもあったわけだ。
しかし嫌いではなかった。良きライバルは常に自分に向上心を与えてくれる。だから、いつも二人でなんでも競い合っていた。そしてそれは他人から見れば仲のいい友達と見えるわけだ。
健三が井田に対して優越感に浸れたのは健三の妻である美香と結婚式を挙げた時だ。というのは井田が美香が好きだったことを知っていたからだ。中学生の時だから深い関係ではない、ただ初恋のような想いは井田から聞いて知っていた。
好きとか嫌いは大人のように重い意味を持つキーワードではなかった。ライバルであった井田の好きな彼女を独占するというのは健三にとって、多少、優越感だったのだ。
井田も結婚式には来てくれていた。さすがに昔の初恋の相手だからと落ち込む様子はなかったろうけど内心どこかで悔しがってただろう。男はそんなもんだ。好きになった女はみんな自分のものにしたい。たとえ中学生の何も知らない幼い頃の記憶であろうとも、持って行かれるのは気持ちよくない。しかしそれもさほど嫉妬に代わるわけでもなく、なんとなく悔しいだけの話だ。健三は唯一それだけが井田に勝った瞬間だったことを遠い記憶に思い出した。
作品名:十六夜(いざよい)花火(前編) 作家名:海野ごはん