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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 気のせいか美香の顔は疲れていた。健三は離婚届の用紙に判を押したまま家を出たのを思い出した。仕事から帰り、こうやって美香がいることが当たり前だと思っていたが、いざ離婚を決めたら彼女が家にいるだけでありがたかったのだと思った。
 しかし今は、美香の心も体も一博の方に向いているとあれば、強がりでもしょうがないがプライドを持たないと平気でいられなかった。今更、今までの感謝の言葉は言えない。だから態度にも現れてしまった。
「まだ、いたのか・・・」自分ながら冷たい言い方だ。
「おかえりなさい。まだいろいろ決めなくちゃいけないのがあるでしょ」
 美香の返事もそっけない。
 美香は内心は加奈子とどんなことがあったのか聞きたかった。加奈子の色仕掛けはどんなだったのか興味半分、嫉妬半分聞きたかったのだ。 
 美香は健三を観察した。いつもの健三だった。

「何を決めるんだ」
「家の事とか子供の事とか・・・お金だってあるじゃない・・・」
「・・・・・好きにしていい」健三は服を脱ぎながらそう言った。
「好きにしていいったって…そういう訳にはいかないでしょ」
 美香は戸惑い、言った。
「どうしたいんだ?」
 健三は美香が作っておいた夕飯を、いつものように当たり前のように箸をつける。
「家はいらないから、貯金を多めに貰いたいの」
「うちに貯金なんかあったのか?」
「少しはね」
「全部持ってっていいぞ。俺は働けばいいから・・・」
「・・・・子供は?」
「今更、親権もないだろ、あいつらの勝手にさせとこう。俺から言っといてやる・・・他には?」
「・・・・他には・・・他にはないわ・・・なんだか、あっさりね・・・」
 美香はますます加奈子と健三の間に何かあったのか疑った。しかし、黙々と飯を食べる健三の雰囲気はいつもの健三だった。本当に離婚を決意したのかと思えるぐらい、いつもの健三だった。
「・・・あっさりした方がいいだろ・・・俺にもよくわからないが離婚ってこんなもんだろ」
「・・・・何かいいことあったの」
 美香は聞きたいことを聞いてしまった。
「・・・なんでだ?・・・もっと喧嘩した方がいいのか」
「・・・・離婚して嬉しい?」
「嬉しいわけないだろ」食べながら返答する健三。
「したくないの?」
「・・・・・一博がいいんだろ・・・」
 長い沈黙が続いた。美香はなんと言えばいいんだろうと思った。何を言っても今更、修復できないことはわかっている。が、しかし、どこかで健三が「待ってくれ」と言ってくれる事を願っていた。

 一博と関係がありながら、健三に「好きだ」の言葉を求めるのは厚かましすぎる。しかし、女のプライドなのか「いらない」と言われるより「必要だ」と言われて去りたかった。
 結局、長い沈黙の後に健三が口を開くことはなかった。美香は、
「じゃ、明日出ていくから」と言った。
 健三は「明日」という言葉を聞いて急に現実的に美香がいなくなるんだと意識した。
「明日なのか・・・早いんだな・・・どこに行くんだ」
「どこかアパートに引っ越すわ」
「荷物は?」
「びっくりしたけど、私の荷物なんてないの。服だけだわ。簡単よ」
「・・・・」
「もう寝るわ。最後になるけど・・・なにかある?」
「・・・・・洗濯もの・・・」
 健三は自分でも何を言ってるんだと思った。
 別れる女房に洗濯を頼むなんて・・・。
 美香は小さく笑って
「わかったわ」と言った。
 冗談でなくそれが夫婦としての最後の会話になった。