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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 健三の花火工場はあと3か所の大会予定が残っていた。
 あとは他の会社の応援がほとんどで、難しい段取りは残ってなかった。今年の夏の最後の追い込みだ。工場ではフルにパートや職人が動いていた。大会用のセッティングをしながら、尺玉や5号玉3号玉も作っていた。保管庫の方の在庫が少なくなってきたからだ。
 健三は中井他、若い従業員に指示を出し忙しく立ち回っていた。
「健さん、お昼どうします」最近、中井と昼飯はいつも一緒だった。
「なんか暑いからスタミナつけねーと、バテそうだな」
 健三は真上から照りつける太陽を見て恨めしく言った。
「こんにちわ〜」
 工場の入り口の方で女性の呼ぶ声がした。中井が振り返ると加奈子が白い日傘をさして立っていた。
「健さん、この前の姉さんですよ」と中井が言った。中井は走って近寄って行く。
「姉さん、こんにちわ。この前はどうも」
 中井は汚れたタオルを首から取って会釈した。
「あら〜中井さん、健ちゃんいるかしら?」
「いますよ。奥の方」
「入ってもいい?」
「あっ、ここから先は立ち入り禁止です、なんかあったらいけないんで・・・」
「あら、そうなの・・・差し入れ持ってきたんだけど」と言って、
 加奈子は重箱を見せた。
「えっ、弁当ですか。やったー」中井は満面の笑顔を浮かべながら
「そこの事務所で待っててもらえますか?すぐ呼んで来ますから」と言った。
 加奈子は中井が指差した事務所の方に歩き出した。
 事務所の中は誰もいなかった。むっとした空気が澱んでいて加奈子は開けたドアをそのままにしておいた。古びた皮の応接セットが中央にどんと据えてある。その向こうにはどこにでもある事務机が3台並んでいる。小さな事務所だった。
 
 健三と中井がやって来た。事務所に入るなりドアを閉めてエアコンを入れた。ブ〜ンという低い音が部屋中に響くと涼しい風が流れてきた。 
 健三はエアコンの風があたる場所に立ち、首のタオルを取って汗をぬぐいだした。中井もそれに続いた。
「これ、差し入れ。お弁当持って来たよ」
 加奈子は応接セットのテーブルの上に置いた。
「やあ、うれしいな。いつもこうだと助かるんだけど」健三が言う。
「いいよ、持ってきてあげようか?」
 加奈子は弁当を広げながら言った。
「・・・冗談だよ。悪いじゃないか・・・」
「今度はどこであるの?」
「近い。川北町。ここから30分。おい中井、お茶、冷蔵庫」
 健三はすぐさま食べようとする中井に命令した。
「行ってもいい?」加奈子が健三に聞いた。
「ああ、好きなのか・・花火。おっ、おいしそうだ。いただきます」健三は箸をつけた。
「夕飯はどうしてるの」
「忙しいからここに出前して貰ってる」
「・・・・ふ〜ん、洗濯は」
「・・・溜まってる・・・」全然気にしない様子で食べる健三。
「洗ってあげようか。不便してるんでしょ」
「別に不便じゃねえよ」
 中井は二人の会話をにやにやして聞いていた。
 そこに専務が帰ってきた。社長の奥さんだ。
 健三は専務に向かって「俺の同級生なんです。弁当貰っちゃって」と場の説明をした。
「あっ、こんにちは。お世話になってます」
 すぐ加奈子は専務の顔を見ると挨拶した。
「あら、こんな所に差し入れが来るなんて珍しいわね。いいのよ、ゆっくりしてって」
 専務は気さくに加奈子に声をかけた。
「男ばっかりでむさ苦しいでしょ」と言って笑った。
「いえいえ、いい男ばっかりで毎日来たいくらいです」
 加奈子も笑って場を和ませた。
「お前は食べないのか」健三が加奈子に向かって聞いた。
「食べてきたからいいの」
 それから健三と中井はもくもくと大きな重箱の全部の料理を平らげた。どこに入るのかと思うくらいよく食べる。加奈子は多すぎたかなと思ってたくらいだ。
「いい食べっぷりね。惚れ惚れするわ、あんたたち」加奈子が感心すると、
「遠慮がないのよ」専務が笑って言った。
 中井が食べた後をきれいに片付けた。きっと家でもやっているのだろう。お茶を飲んだコップも洗って元に戻した。同じ男性でも健三のようにどんと構えていれば、中井のように気が利く男もいる。加奈子はどちらかというと健三みたいに「俺は男だ」というのが好きだった。

「ごちそうさん。明日も食いたいな」健三が言うと、加奈子は
「いいわよ、喜んで。だって何にもすることなくて退屈なんだもん」と言った。
「あら、ヒマしてるの?だったら手伝わない、うちの仕事」
 いきなり専務が加奈子に言う。
「専務、また〜、誰でもいいわけじゃないですからね」と健三が言うと
「だって、今月バタバタ忙しいじゃない。時間がある時だけ手伝ってもらえばいいんじゃないの」
「暑いし、汚れるしで無理ですよ、こんな仕事」と健三はまさかと思いながら言った。
「あら、健ちゃん、私はいいわよ。肉体労働ぐらいできるから、それに楽しそう」
「無理無理、炎天下の中で行ったり来たりするんだぞ。したことないだろきつい仕事」
「だからしたいんじゃない。なんでもやってみることよ。ヒマなんだしさ」
「そうそう、私だってそのくらいの歳じゃバリバリやってたわよ」と専務は勧める。
「ダイエットにもなるし」加奈子が言うと、
 中井が「ダイエットですか〜・・・」と言って笑って加奈子を見た。全員が笑う。
 そうこうしてる内に、とんとん拍子で明日から加奈子はパートとして手伝うことになった。実際、工場は猫の手も借りたいほど忙しかったのだ。加奈子は10時から4時まで手伝うことになった。
 事務所を出ると中井はすぐ午後の仕事を始めだした。
「いいのか、あんな事になって・・」健三が加奈子に聞いた。
「いいのよ。面白そうじゃない。私が手伝った花火が上がるとこ見たいし‥大丈夫よ」
「きつかったらやめてもいいんだぞ」
「うん、わかった。ありがとう…そうだ健ちゃん、洗濯ものは?」
「車の中にあるけどいいよ、自分でするから」
「遠慮しなくていいよ。どうせしないで溜まっていくんでしょ・・・」
 健三は加奈子が言うとおりだった。いつまでたってもする気がなかった。多分しないだろう。自分でもどうするんだとほったらかしにしていた部分があった。
「うん、まあ・・・・」
「出しなよ平気だから。パンツでも何でもいいよ。慣れてるし。上品な奥様じゃないんだから」
 加奈子のあっさりとした態度に甘えることにした。正直、着替える下着も少なくなっていた。トラックの中にある大きなビニール袋を照れくさそうに加奈子に渡し、健三は仕事に戻って行った。
 加奈子は自分の車に積み込むと花火工場の駐車場を出て行き、近くのスーパーに買い物に行った。明日の健三達と食べる弁当の材料を買いに。 
 カートを押しながら鼻歌を歌っていた。新しい人生も悪くない。
いろいろなことに新鮮で前向きになれる自分に加奈子自身、気分がよかった。別れず後悔の時間を送るより、微かだが健三という希望を手に入れたいためにチャレンジしている自分が愛しかった。