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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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港全体に聞こえるようなスピーカーから、花火大会の開催の挨拶が流れてきた。スポンサーの名前や協力各社の会社名を若いアナウンサーが告げていく。観客席がある本部の方はかなりの人だかりになっていた。お祭りのざわめきが遠く離れていてもわかる。
 加奈子は打ち上げ時間が迫ると緊張で心臓が高鳴った。中井は無線でいろいろやり取りしていた。
「姉さん、そろそろ上がりますから耳抑えといたほうがいいですよ」と言ってきた。
 健三の指示が無線から聞こえると沖の堤防からドンという低い音が聞こえた。空気を裂いて花火が打ちあがる音が空から聞こえる。1拍おいて静かになったかなと思うと、パンパンパンと甲高い花火が破裂する音が、まだ青さが少し残る夜空に鳴り渡った。
 それから次々と雷のような爆裂音が響いた。三崎町の年に一度の花火大会が始まった。
 ヒュ〜と花火が空に向かっていく音がいくつも続く。
 ドドドドドーンと腹の底に響き渡る。
 重低音とともに体が振動で震える。すごい迫力だ。
 加奈子が天空を見上げると、今までに見たこともないような大きな光り輝く花火が空一面に広がっていた。まるで空の星たちが一斉に落ちてきたようだ。
 加奈子はあまりの迫力に呆然と立ち尽くすだけだった。首が痛くなるほど真上を見ると、どこからがどの花火なのかわからなかった。いくつもの火花の花が重なり合い、いくつもの色に輝く星たちが降ってくる。 
 そしてもう少しで頭の上に落ちてくるという所で星は急に輝きを失い、夜空に吸い込まれるように消えた。
 感動ものだった。男たちが夢中になる筈だ。
 耳につんざく音、一瞬で消える光、闇夜に花開き消える花火は短い人生を終える人間の一生の様かもしれない。華やかに輝くものに美しさを感じ、一瞬で消える儚さにまた美しさを感じる感性はどこか燃え上がる恋にも似ていた。
 加奈子はトラックのそばでずっと空を見上げた。
 動こうにも感動して動けず、その場に立ち尽くすだけだった。



 一回目のオープニングの連続花火が終わった。急に静かになると無線の男たちの声が聞こえてきた。加奈子はそれを聞いてやっと我に戻った。
 すさまじい音と光の洪水だった。忘れていた呼吸を取り戻した。
 まだ体の中でジンジン振動音が鳴りやまないでいた。鼓動も早い。
 向こうの観客席から低い地鳴りのような歓声と拍手が聞こえた。自分の事のように嬉しかった。健三でなくてもはまる訳だ。
 加奈子は誰に見せるともなく笑顔がこぼれた。楽しい。最高だ。


 アナウンスが流れ、また空気を切り裂く打ち上げ音と共にさっきとは違ったリズムで花火が上がり始めた。加奈子は首が痛くなるのを忘れて、それから1時間、光と音のショーに魅せられた。
 最後に大きな尺玉が打ち上げられ三崎町の花火大会は終了した。沖合から放たれた尺玉は加奈子の頭上で300mの幅の大輪を咲かせ、低い大きな音とともに数百本の流星が降り注いできた。まるで光のシャワーの中にいるようだ。
 ひらひらと火の粉があたりを舞って降りて来る。夏の蛍のようだった。そして最後の淡い光が目の前で消えると、それが加奈子の最初の花火大会体験の終了だった。
 
 携帯電話が鳴った。健三からだった。
「どうだった。大丈夫だったか」
「すご〜い、健ちゃん凄〜い。めちゃくちゃ感動したよ。すご〜い」
 加奈子は感嘆の言葉しかなかった。
「そうだろ・・・、2時間ほどして帰るからホテルで待っててくれ。また飲みに行こうや」
「わかった」
 加奈子は中井にお礼を言うとヘルメットを返し、会場を後にした。
 町は人混みで溢れていた。
 なんだろうこの気持ちは・・と加奈子は思った。高揚感・・・。
 ふわふわと体が浮いてるような感じだ。健三を追いかけ色香で口説こうと思ったがそんなことはどうでもよかった。純粋に花火が好きになり健三が好きになった。
 健三に会いたいと思った。別に自分の為に花火を打ち上げてくれたわけではないが、なんだか健三がかかわっているかと思うと、自分の為に打ち上げられた花火大会のような気がした。 いつか健三に花火の下で「愛してる」と言って貰いたいと思った。