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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 健三の今夜の花火本番は、うっかりのミスが1本だけで無事終了した。いつもは完璧に仕上げるのに今日はへまをやってしまった。
「どうしたんですか」と中井に冷やかされた。
 今まで15年花火を打ち上げてきたが、今夜ほど雑念があった打ち上げはなかった。健三には反省の原因はわかっていた。

 ヒュルヒュルヒュル〜〜と花火が頭上高く登る音、そして無音になり1拍して大音響がこだまする。火花がはじける音がパチパチパチと竹を火に入れた時のように鳴り響く。そして暗闇から一瞬だけ辺りが明るくなる。あちらこちらで仕掛けた筒が火を噴く。一般の人間では体験できない場所だ。危険はあるけど高揚した快感が走る。何事もスリルのすぐそばに快感が伴うようだ。不倫もそうなのか…

「なかい〜、今日中に片づけるぞ〜」健三が言った。
「え〜、明日も時間は取ってますよ」中井は健三を見て行った。
「いや、できるだけでいい。俺は遅くまでやっていくから」
「健さん・・・先輩・・・帰った方がいいんじゃないですか」
「馬鹿やろ〜、気を使うな」
 健三は深夜1時近くまで現場にいると、事務所に帰って仮眠室で寝た。
 そうしないと美香に辛くあたってしまいそうだった。それと、一博と別な意味でもめたくなかった。花火以外あれこれ考えるのが面倒だった。
 健三の場合、自分の世界が大事なのだ。自分がしたいことができる環境さえあればそれでよかった。妻の方から冷たいと言われても仕方なかった。よく言えば花火一筋、悪く言えば花火馬鹿。家庭も人間関係も二の次だ。


 美香はまんじりともせず健三の帰りを待った。普通、花火大会が地元であったら午前0時くらいには帰宅する。いつものように夕食を作って待っていた。いくら気に食わない喧嘩をしても夕食を作り欠かしたことはなかった。それが妻の務めだと身についていた。今晩の食事も昼間の出来事とは関係なく習慣として作っていた。
 時計が午前一時を指した時、自分のベッドに潜り込んだ。今日は帰って来ないのだろうか、やはり昼間のことが理由で帰って来ないのだろうか?
 いろいろな憶測と、これからのどこに流れつくかわからない不安定な未来を想うと疲れが出た。横になった途端眠ってしまった。



 朝、目が覚めて食卓のテーブルを見ると昨夜の健三の食事はそのままだった。どうやら帰って来てなかったようだ。まあ、いつもの事であるけれど連絡なしだった。
 美香は内心ほっとしたところもあった。まだ自分の本当の決心はつきかねないでいた。結婚して誰か他の人を好きになるという事は、この家も家族も捨てるという事だ。
まだ「好きだ」で不倫をしてる時は実感がわかなかったが、現実は「不倫」=「捨てる」と同じ事なんだと改めて分かった。
「覚悟」という言葉はなかなか重たい言葉だ。
 実際、すべてがなくなりかけて覚悟がいる。
「嫌だ」「嫌いだ」だけで不倫をするには、覚悟の現実感はわからない。何か自分の手元から無くなって初めて事の重大さに気が付く。
 不倫の重みを実感した美香だった。

 とりあえず掃除をした。いつもより念入りに掃除機をかけ、隅々まで綺麗にした。そうすることで覚悟を決めたかった。時折、涙は瞼の下まで溜まるのだが落とさないようにした。今更、気を弱くしても過去には戻れないのだ。気丈でいようと思った。