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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 それでも今年の春に最後の二男が大学を卒業し家を出て行ったから普通の生活なんだろう。「生活」という人生を歩んできただけだと振り返れば自分が惨めになると美香は思い、できるだけ顔に出さないようにしてきた。健三は毎日七時半に家を出て、自転車で花火工場に行く。それだけでもましだと思わないとやり切れない気がした。世の中にはもっと悪い夫だっている。美香の心の中には夫が作る鮮やかな花火はただの火薬の玉でしかなく、何万人もの心を感動させる夜空の花火は美香にとっては恨みの玉だった。


 健三と美香は隣町の同じ中学校だった。そして同級生だった。美香は東京の短大を出て、健三は地元の割と有名な大学に合格し銀行員になった。
 付き合いだしたのは健三の得意先の会社に美香が働いていたからだ。同級生だったからなのか二人の関係は急速に仲良くなった。学生時代はただのクラスメイトだったのだが大人になってからはホテルに入り込む関係になり、無口だけど男らしくて仕事ができる健三のイメージは美香にとって、いつしか結婚への対象の男となった。
 健三もクラスの中で一番美人だった美香に言い寄られて悪い気はしなかった。二人の結婚に反対も障害もなかった。
 地元の結婚式では大勢のクラスメイトが集まった。盛大な結婚式は田舎のお決まりだ。しかし、今ではその結婚式の写真でさえ何処になおし込んでしまったかわからない。いや捨ててしまったのかもしれない、あの大ゲンカの時に・・・。とにかく派手な結婚式の写真は二人にとってもう必要がない物だった。

 誰でも結婚した当時は愛がある。しかし、あの時の愛は確実に色褪せやせ細り、どこかに消え失せ結婚式の写真と同様、美香と健三にとってただの記録でしかなかった。その記録でさえ思い出そうとすることは今はもうない。愛は生活に取って代わったのである。愛はなくても一緒に生活できる。
 こんな思考は人生を投げやりに生きてるのだろうか、美香は時々、恋愛ドラマを見てはため息をつき、振り払うように欝な気持ちを消した。そして健三と同じく自転車に乗り、近くの食品工場に働きに出るのであった。田園地帯のごく普通の家庭。それが二人の人生だった。