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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 花火の仕事には二通りの仕事がある。
 花火玉を作る「花火師」と「打ち揚げ従事者」だ。打ち上げ従事者は花火の打ち上げ現場に行って準備や打ち上げを行う人の事だ。
 花火は作らないが打ち上げ専門で工場からセットされたスターマインや他の花火筒を搬入、搬出、設置、点火、安全管理を主な仕事としている。規模にもよるがだいたい十人位の体制でやるのだ。これも熟練の技がいる。簡単には出来ない仕事だ。

 健三は現場の指揮を執っていた。打ち上げ師に指示を出したり忙しかった。
 朝早くから河原での設置に取り組み、夕方まで設置完了させる。突然の雨にも対応できるように防水策を施したり、電気点火の配線を行ったり一日中炎天下の中で作業する。花火作りも大変だがまたそれを打ち上げる仕事も大変だ。
 しかし、夜空に花開く自作の花火が大きな爆音とともに輝く時が花火師として一番の至福の時だろう。健三もその魅力から抜け出せない一人だった。
 大会が終わる夜九時以降も作業が続く。そして搬出、ステンレスの打ち上げ筒の洗いとなり、また、セットして次の花火会場へと移動する。九月中旬までこれが続く。夜の天空を華やかに彩る花火は地味な作業の連続なのである。



 八月の第一週は夏の中でも一番夏らしい時期だ。朝露が河原の草を濡らし、日中は湿度のある空気が身体にまとわりつく。ほぼ真上から照らす太陽は容赦なく肌を焼き地面を焦がす。反射熱も半端じゃない。
 会場は主に河原である場合が多かった。だいたい水がある場所に近い。川面から少し温度が低い風が吹く時は一服の涼感に浸れる。今日の会場は工場から1時間の所だった。健三は工場と行ったり来たりしていた。


 3年前に入社した中井は健三の一番仲がいい同僚だ。彼もまた花火に魅せられて弟子入りしてきた口だった。年齢は健三よりずっと若い30歳。ただ働きに近い給料で彼もまた暑い中、汗を流していた。何回か健三の家で飯を食べたこともある弟分のような男だった。
 中井は健三と会社の軽トラに乗って、工場に足りないものを取りに帰っていた。炎天下の中で作業する人間は軽トラのエアコンが何より嬉しかった。

「あっついですね〜今日も〜」中井は明るい。
 健三は眠たそうに腕組みをして頭に巻いた汗止めのタオルを目の所まで下げて束の間の休みを取っていた。
「健さん、なんか奥さんの事みんな噂してますよ」
正面を向いてハンドルを握る中井が心配そうに言った。
「あん?みんなって誰だ。おまえもか中井」
「いや、先輩聞いた話ですよ。俺なんか何も言ってませんよ」
「言わしとけ」
「健さん、仕事のしすぎですよ。ちゃんと家に帰った方がいいんじゃないですか」
「馬鹿、忙しいだろ」
「なんとかなるでしょ・・」
「何とかならないから働いてるんじゃないか、馬鹿」
「でも、奥さん浮気してたらどうすんですか?」
「浮気?なんで浮気ってみんな決めつけんだ」
「‥‥いや、聞いた噂だから・・・」
「はっきり見たことないのに軽々しく言うんじゃね〜よ、この馬鹿」
中井の言葉に少し苛立った健三は運転中の中井の足を蹴った。
「すんません・・」
中井はもっと言いたかったが健三の気持ちを考えてやめた。

 工場から大きなブルーのシートとスコップを積み込むと健三は
「ちょっと1回往復してくるから、お前そこの配線片づけといてくれ」と中井に言った。
健三は一人で運転して会場である先ほどの河川敷に向かった。