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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 美香と一博の秘密の情事は蜜月のように続いた。一度超えた線はまたぎやすくなる。秘密は秘密でなくなり背徳感も薄くなり次第に快楽の淵に身を委ねることに抵抗がなくなる。
 食欲、睡眠欲、性欲は人間の根本的な脳幹でコントロールされているからなかなか抑制できない。特に不倫はスリルと快感が一緒になってドーパミンを大量に分泌させる。ジェットコースターのスリルの快感の様に麻薬的に陥るのである。
 脳幹の外側に理性や抑制をつかさどる社会的な人間らしい前頭葉や側頭葉が位置するのだが、愛することや愛されることの快感は、社会の常識とは全く別次元の喜びに値する。不倫を繰り返す人は、この快感のドーパミンが忘れられず中毒者のように繰り返すと言われている。 
だが、愛ほど人間にとって重要なのは間違いない。

 友人の伴侶からお互い愛を得ることになった一博と美香は、いつ壊れてもおかしくない不倫の道を走っていた。隠れているようで見られている。丁度、明るい太陽から離れた場所でランデブーしている昼間の月のようだ。一博は美香を誘ってはホテルの中で愛を確認しあっていた。



 健三の花火工場はフル生産状態に入っていた。
いよいよ七月からは夏の花火大会のシーズンに突入だ。一博の工場は七月に5か所、八月に6か所の花火大会に参加することになっていた。ほぼ毎日の準備と本番が交互に訪れる。徹夜もまたいつものことながら余儀なくされた。
 出荷準備と出張の為、健三は家に帰る日が少なくなった。もうこの生活を15年も続けているので特段、家の事を気にすることもなかった。


 工場の専務から呼び出しがあったのは、久しぶりに出張から仕事場に戻って来た時だった。専務と云っても社長の奥さんである。滅多な事で呼び出される事はなかったので健三はなんだろうと思い事務室に行った。   
 火薬を扱う作業場から離れている事務室はエアコンが効いていた。普段エアコンに慣れてない健三にとって別世界だった。

「健さん。ごめんね忙しい時に。ちょっと変な話なんだけどさ」
専務はそう言うと奥の応接室の方に手招きした。
他に誰もいないのにおかしな専務だと健三は思った。
 年齢は60を過ぎている。気のいい田舎のおばさんだ。暑い中、昔から花火作りをしてきたものだから色は黒く痩せて、何処にでもいる体格のいいおばさんとは違っていた。そして面倒見がよかった。何人もの従業員やパートを抱えているから目がよく届くのだ。工場の影の仕切りはこの専務がやっていた。
 
専務は健三を応接椅子に座らせると、麦茶をテーブルに差し出し真向かいに座った。
「いつも忙しくてごめんね」専務の口癖だ。
「仕事は忙しいけどどうだい?」
「はっ、何がですか」健三が聞く。
「いや、ほら、家の方だよ。家族は?」
「あ〜、息子が今年から就職したもんで家は家内と二人きりです。元気でやってますよ。息子は行ったきりで電話もかけてこない。男ってそんなもんなんでしょね」
「ふ〜ん、で、奥さんは?」
「家内はパート減らして家で四月からはゆっくりしていますけど・・・なんか?」
「あのさ・・聞いた話なんだけど・・・」専務は言いにくそうにしている。
「奥さん、ちゃんとやってるの?」
「ちゃんと?別に普通にやってると思いますが・・・」
「いや…あのね、うちの従業員がね、健さんの奥さんに似た人を町の中で見かけたって」
「・・・・・」
「ベンツの助手席に座って、中年の男の人と楽しそうに話してたところを見たって‥、いや、別にそれだけならいいけど、なんか・・」
「なんか? なんか・・・なんですか?」
「いや、ほら、健さんいつも家にいないだろ…まぁ、うちが悪いんだけど。で、奥さんがよからぬことをしてるんじゃないかと・・・」
専務の歯切れが悪い。
「よからぬって浮気かなんかですか・・」
「いえ、いえ・・見たわけでもないし・・・ごめんね、気になったもんで」
健三はベンツで一博を思い出した。あの二人どこかで会ってるんだ・・健三は美香と一博が旅行の時楽しそうにしていたのを思い出した。心の隅にさっと黒い影のようなものが通り過ぎたが専務の手前、明るく言った。
「多分同級生ですよ。この間から仲良くなってね。知ってる奴です」
「そう・・・」
専務は実はその車がホテルに入るとこを見たと言いたかったが、口に出せなかった。家を空ける仕事は花火師として仕方ない。よそ様の妻の浮気までは管理できないのはわかっているが・・・。
なんにもなければいいがと専務は思った。
「ごめんね、この忙しい時に。いつも助かってるよ。気を付けて・・・」
そういうと専務はどこか苦しい笑顔を健三に向けた。

 事務所を出た健三はぎらぎらと照りつく太陽を見た。今年はカラ梅雨のようだ。花火大会の本番は目の前に迫っていた。先ほどの話は気になるが、それより大会の準備の方が気になった。
今日も家には帰れるかわからない。毎度の事ながら家庭より仕事だった。健三は焼けたコンクリートの上を作業場まで向かって走った。