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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 映画館の暗闇はあの夜の再現だった。一博と美香は人気のない昼間の映画館で人に見えないようにキスをしあった。スクリーンは約束した3Dではなく、アメリカ映画のラブストーリーだった。
 最後列に座り、キスを繰り返す二人は映画の内容以上に燃えていた。
お互い本当はちょっとした冗談のつもりだったのかもしれない。しかし、キスもセックスも知り尽くした大人に、少年少女のような恥じらいはなく、堰き止めていたものが一気に溢れ出してきた。

 絡みつく舌に寂しさと乾いた生活を投げ捨て、お互いを確認するように動く手は禁断のものを手に入れようとする蛇のように身体に絡みついた。
 背徳感が快感の後押しをし、欲望が身体の中心を打ち震わせ、切ない心と燃え上がる心がお互いの舌で表現しあう。これが大人のキスならそう誰もが経験できないものだ。ミカと一博は時間を忘れるくらいお互いを知りあおうとした。舌先で。

 映画が終了するときはお互いこれ以上は動けないほど疲れていた。
 唇だけで今までのセックスの倍以上の疲れを感じた。しかし、それは不快でなく反対に心地よかった。
 美香は何度声を押し殺しただろう。一博は何度立ち上がろうとしただろう。
 スクリーン上映が終わると明かりがともり始めた。二人はその場を去るのが辛かった。もっと、もっと・・。



 劇場外に出るとすぐ美香は化粧室に入り込んだ。落ちた化粧を直したかった。
一博は美香にメールを送った。

“美香、先に帰る。これ以上いたら君を帰したくなくなる。間違いを犯す前に帰ろうと思う。また連絡するよ”

美香は鏡の前でこのメールを受け取った。一博・・・考えてることはわかる・・・。
それがいいのかもと美香も納得した。美香は一博にメールを打った。

“わかりました・・でも、もう間違いは犯してます。気を付けて”
携帯をゆっくりバッグに戻すと美香は鏡の中の自分に聞いた。
「どこまでいくつもり・・」


 その日美香は夕方6時には健三の食事の用意はすべて済ませていた。
隠し事ができると負い目を感じたような気になる。それをごまかすためじゃないがいつもより少し豪華な食事だった。
 しかし、健三はいつものように夜遅く帰宅しては何も言わず黙々と食べ、風呂に入りテレビの前に座るパターンだった。何も言ってくれない方がましかもしれない。美香も何も言わず自分の部屋にこもった。本当に子どもがいなくなって殺風景になってしまった。寂しさと退屈に携帯を取り出す美香。
 一博からのメールが届いていた。

“今日はごめん。君がいない夜は寂しい。また会いたい。”

 短いメールだったが美香の寂しさを癒すには十分なメールだった。
 美香は返事は打たなかったが、何回もそのメールの文字をなぞった。
 寂しさの入り口を開けてしまうと、誰かを待ってしまう。何も考えず毎日に疑いを持たず寂しさも心の奥に仕舞い込んでおけば、寂しさを思い出すことはない。しかし、一度心を許したり扉を開けてしまうとなかなか扉が閉まらないことに気が付く。
 寂しさというものは厄介なものだ。それにその寂しさに対して癒してくれる相手でも出来ようなら、つい頼りたくなる。
 愛とか好きの前に寂しさを分かち合える関係、本当に自分にとって必要不可欠な事は「話し合える関係」に他ならない。美香は一博の1本のメールを抱くようにして眠った。