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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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 携帯電話会社は明るい雰囲気で「いらっしゃいませ〜」と出迎えてくれた。美香はこれからの事というか携帯があればすぐ一博と連絡が取れると思い買うことにしたのだ。
 いろいろ悩むことはなかった。ただ操作が簡単な奴。お金がかからない奴。
この2点だけだった。
 思ったより簡単に携帯は手に入った。なんだか新しい世界が広がる気がした。
 さっそく一博の名刺を取り出すとかけてみることにした。呼び出し音が鳴る。
「はい、井田です」一博の声だった。
「もしもし、美香です」少しドキリとした。
「おっ、携帯買ったの?この番号、美香の?」
「そう、おかしい?」
「やっと、一人前になったな」
「別に、そんなことないわよ…この間の映画、明日だったらいいわ」
「ひょ〜、うれしい・・・さっそく予定に入れるわ。お昼一緒に飯でも食べよう」
「ふふ、わかったわ。でも、あんまり期待しないでね」
「じゃ、あの映画館があるモールで」
「わかったわ、何時?」
「12時ちょうどにしようか」
「わかった」
 美香はそこで電話を切った。何かドキドキしていた。別に不倫しているのじゃない。自分に言い聞かせた。ただ昔の友達と映画に行くだけだ。それなのに自分に言い訳をしている。何かを期待してるのだろうか。携帯電話とともに新しい世界が広がりそうな気がした。


 その夜、美香は携帯電話の説明書と奮闘していた。デジタル機器は苦手な方だ。ボタンが扱えるのはテレビのチャンネルとエアコンのリモコンぐらいだ。なかなか理解するのに苦労した。
 健三が帰ってきた。美香の携帯を見るなり
「おっ、携帯買ったんか?」と聞いてきた。一応気になるらしい。
「うん、仕事で必要だと言われたもんで」嘘をついた。
「なんで仕事で・・・」
「急に人が足りない時連絡できるようにだって・・・」
「ふ〜〜ん」健三はそれ以上聞かなかった。別に特別、興味がないようだ。
「今はタダでもらえるのね・・」
 美香がわざと明るい声で言うのだが、健三にはどうでもいいようだった。
 健三は昨日と同じく夕食を食べ、ふろに入り、テレビの前でビールを飲む。同じ生活だった。
 美香は携帯をいじりながら一博は何をしてるのだろうかと思った。このボタンを押せばすぐ繋がる。なんだか健三の前で悪いことをしてるようだった。携帯電話には一博への発信履歴が1件だけ記録されていた。他にはまだ何もなかった。



 翌日、美香はバスで30分の所にある大型ショッピングセンターの正面玄関で待っていた。
12時ちょうどに携帯が鳴った。
「もしもし」
「あっ、井田です。どこにいる?」
「正面玄関」
「すぐ行く」

 ミカが携帯を切ると、同時に駐車場の方から一博が現れた。明るい水色のポロシャツが似合っていた。こんな色は健三は着る筈ないなぁ〜と美香は思った。
「ごめん、少し遅れたな。さぁ〜何食べようか?」
「一博、仕事は大丈夫?」
「あっ全然平気。大事な美香様に会うためなら・・」
「もう〜」

 一博と美香は平日で人気がない館内を歩き、しゃれたパスタ専門店に入った。
「ピザとパスタを一つずつ注文して、二人で食べようか」一博が聞いた。
「いいわよ、それで」
 一博はピザとパスタとビールを1本頼んだ。
 よく冷えたビールとふたつのグラスが一緒に運ばれてきた。
「一緒に飲もう」
 一博は美香のグラスに冷えたビールを注いだ。美香は一博からビール瓶を受け取ると一博のグラスに注いだ。そして一緒に乾杯した。
「この間以来だね」一博が言う。
「そうね、もうずいぶん前みたい」
「けっこうあの晩、飲んだよね」
 一博の言葉に美香はあの晩を思い出した。キスのことも…。
「なんかあったっけ・・・」美香の耳が少し熱くなった。
「俺もあんまり覚えてない・・・」
 一博が笑いをこらえるようにビールを口に含んだ。
「何、ニタニタしてるのよ」美香も笑いながら言う。
「いや、別に・・・俺がキスしたの覚えてる」
「・・・知ってるわよ・・・下手だった・・・」
「ほぉ〜ほほ」一博は楽しそうに変な声を出した。そして美香の顔を見て笑った。

「携帯電話のメールは使いこなせる様になった?」一博が美香に聞いた。
「なんとか・・・」
「じゃ、メルアド教えて」
「メルアド?」
「メールアドレスの事だよ。なんにしたの?」
「これ・・・」と言って美香は一博にメルアドを見せた。
 一博は自分の携帯に打ち込むと、さっそく美香にメールを書き始めた。美香の携帯が鳴る。
美香は携帯を開けると少し戸惑いながらメール箱を見た。一博からのメールが届いていた。

“綺麗な美香とまた会えてうれしい。今日はよろしく”と書いてあった。
返信と書いてある下のボタンを押し美香は一博に送った。

“おてやわらかに”
一博から返信が来た。

“やわらかいのは君の唇だ”
美香はそれを読んで一博の方に向かって手を挙げた。ホテルに連れ込まれそうになってバッグを振りかざした時のように。口元は笑っていた。
 

 昼下がりのレストランで中年の男女が目の前でメールを交わし笑い会う。多分、同窓会がなかったらこんなことはなかった筈だ。お互いの家庭が仲がいい家庭だったらこんなこともなかった筈だ。
 運命は必然的にやってくる。もしもあの時のもしもは運命に通じない。今ある現実が運命なのだ。いや運命と呼ぶほど重たい物じゃない。二人がこの歳でここで出会うのは神様のいたずら程度なのだ。そう思わないと不倫という道徳に押しつぶされそうだった。

 運ばれてきたパスタとピザを食べ終える頃には、温泉街でデートした時の二人に戻っていた。
 なつかしい初恋のトキメキを胸のポケットに忍び込ませ、秘密の夜のキスもステップとなり、また一段と親密になれた。新しい恋らしきものが目の前に料理と運ばれてきたのである。
 年齢を忘れさせてくれる出会いはなかなかない。ミカと一博は知らないうちに自然と目と目で話すこともできるようになっていた。それは恋と言っても許してもらえるだろう…。