十六夜(いざよい)花火(前編)
料理は想像以上に豪華だった。十分食べて飲んだ。目の前のテーブルには蟹の殻が山盛りになっていた。
2時間は食べ続けたのにまだ時間は8時だった。
「どうするこれから?」一博が聞いた。
「お風呂に入って、カラオケでも行こうか」加奈子が言った。
「カラオケ?このホテルにあるの」美香が聞いた。
「このホテルを出て5分ぐらいの所のあったよ。さっき見てきた。普通のスナックだけど」加奈子が言う。
「いいんじゃない、だったらお風呂を入って9時にそこでまたみんなで会おう」一博。
「うん、じゃ9時の予定で」美香はそういうと部屋に帰って行った。健三は後についていった。
「あなた知ってるの、そのスナック?」美香が後ろの健三に聞いた。
「ああ、さっき見た」
「ふ〜〜ん」
何がふ〜んなのか、健三は相変わらず二人きりになると愛想がない奴だと思った。
9時ちょうどに今度は全員約束のスナックに集まった。お店は貸し切りだった。他に客が来る様子はなかったからだ。50を過ぎたママが一人でやっていた。どこにでもある田舎のスナックだ。カウンター席が8席、ボックス席が一つ。焼酎やウイスキーがキープ棚に置かれていた。どの瓶にも白いマジックで名前が書いてある。多分、温泉宿泊客の二度と来ないであろうと思われるキープ瓶が埃をかぶっていた。
入り口の方から一博・美香・加奈子・健三と並んで座った。ちょうど女性陣が真ん中に来るようにだ。
別にそうしようと決めたわけでもなかったが、自然というかみんなの同意というか、そういうふうに座ることにした。昼間のカップルが隣り合わせだった。
「いらっしゃいませ。そこのお泊りの方ですか?」
ママが聞いてきた。結構、化粧が濃い。
「ハイみんな同級生なんですよ」加奈子が答えた。
「え〜〜、なんだか楽しそうですね。焼酎がいいのかしら」
それからママは簡単に店のシステムを紹介した。そして、みんなで焼酎をキープすることにした。健三がそれしか飲まないと言ったからだ。
「さぁ〜飲もう、飲もう。今夜ははじけるぞ〜」加奈子が言った。
「楽しいわね〜、こんなの初めて。歌えるかな〜。一博が先に歌って、慣れてるでしょ」と美香が言った。
「それじゃ〜、わたくしの十八番サザンから歌います。ど〜ぞよろしく」と言って、ママに番号を告げた。
「え〜、番号まで覚えてるんだ。さすがのサンちゃんだね」美香がはしゃぐ。
「では歌わせてもらいます・・」一博はイントロの最中から前振りのセリフを言う。どこで覚えたが知らないが司会者のような前振りだ。曲が始まった。歌もうまい。なんでも器用にこなす男だ。
健三もいい気分だった。飲んで食べて新年会以来の宴会模様だった。あっ、いやクラス会があったばっかりだ。だけどカラオケは久しぶりだった。健三もまんざらカラオケは嫌いではなかった。ただ、一博よりはうまくない。しかし気にしない所が健三のいいところだ。一博に続いて演歌を歌いだした。
「えぇ〜、演歌ぁ〜。健ちゃんらしいと言えば健ちゃんらしい」加奈子は笑った。
次は加奈子が「小指の思い出」を歌う。
「どこでそんな歌覚えたんだぁ〜」酔った健三がちゃちゃを入れる。
「ずいぶん昔の歌だろ。それって幼稚園の頃かぁ〜」
「まぁ、まぁ、あいつは俺と結婚する前にスナックに勤めてたんだ」一博が健三に言った。
「へぇ〜加奈ちゃんが…」美香が驚いた。
「歌、うまいねぇ〜」
一博は美香の肩を触りながら「美香も歌いなよ」と言った。
触れ合う肩先と手が妙に感じる。ついつい意識をしてしまうのは一博と加奈子の仲を聞いたせいであろうか、美香は一博の手が気になった。
作品名:十六夜(いざよい)花火(前編) 作家名:海野ごはん