十六夜(いざよい)花火(前編)
どうして私がどきどきするのだろう・・・一博が美香を誘うのは予想してたことだし、もともとそれが狙いだったのに。だけど、いざ自分の目の前でラブホテルに誘う一博を見たら・・いやいや、美香が誘ったのかも・・いや、ただの通りがかりということもある・・・・。
加奈子は余計な想像を振り払うように健三の手を取りベンチに「座ろう」と言った。
「あ〜なんだか眠たくなってきた。ちょっと横になるかな」と言って健三はすぐベンチに横になった。
目を閉じた大人の健三をすぐそばで見る。ずいぶん大人になったなと加奈子は思った。
先ほどの一博たちの光景といい、私たちのデートのような光景といい、いい大人がゲームのようなことをして楽しんでいる。もし出来ればあの二人ができちゃって・・私が健三と・・・。まさかまさか・・・。
でも、そんなになったら楽しい気もするのだがと加奈子はこれからのことを思うと、口元から笑みがこぼれた。
一方、商店街を歩いてきた美香と一博の二人はラブホテルの前まで来てしまっていた。なんでこんな所にというくらい場違いなホテルだった。
中年の男女が手を組んでラブホの前を通りがかる…それだけでも見られてはいけない場面だ。誰かが見たら勘違いしてしまう。
最初に気づいた一博は「おっ」と看板を見て言った。
美香はその声に気がついて周りを見た。そしてハッとした。
「おっちょうどいい所のホテルがある。入ろうか」一博は笑いながら腕を組む美香を引っ張った。
「ばか、ばか・・・」あわてる美香。
逃げようとする美香の腕を抜けないように脇を閉めさらに行こうとする一博。冗談でやってるのだが美香の反応が面白くからかいたくなる。
「バカ。一博・・こんなとこで」
「こんなとこで・・・なんだい?もめてる方が恥ずかしいぞ」さらに引っ張る。
「もう〜〜冗談じゃないからね」持っていた片方のバッグで一博を殴ろうとする。
「わかった。わかった。冗談だよ」一博は組んでた腕を放してあげた。
10mほど走って逃げた美香は振り返り、バッグを持つ片手をあげて怒って見せた。
一博は笑いながら近づいてきて
「おぉ〜恐っ、怒った?」と笑いながら言った。
「もう〜〜、誰にでもあんなことやってんでしょ」
美香も冗談だとはわかっていたが体が緊張した。
「いや、いつもは車でサッと入るんだ」笑う一博。
「やっぱり・・悪いやつ・・・」
「冗談だよ。美香を見たらからかいたくなったんだ。ほら…好きだから」一博が美香の顔を見る。
「も〜、いつもの手口ね・・・あきれた」美香はバッグで一博のお尻をたたいた。
笑いあう二人の横を車が通り過ぎ、先ほどのホテルのビニールの駐車場入り口を潜って入って行った。
それを見た二人は顔を見合わせまた笑い出した。
「あ〜おもしろかった」一博が言う。
「やんちゃなのね・・・」
「ドキドキすることが楽しいんだ」
「そうやって女の人苛めてるんでしょ」
「昔はね・・・」
「そうかしら」
「最近ドキドキすることがなくて、おもしろくねえ」
「・・・・・じゃ、今から入ろうかホテル・・・」美香がドキリとしたセリフを言う。
「えっ!」
「バカね、冗談よ・・・・でもやっぱり入ろうかな・・・一緒に行く?」
「えっ、まさか・・・」
「そのまさかはお嫌い?」
「ウソだろ・・・」
美香は笑いながら
「嘘だよ。信じた?ドキドキした?」と言った。
一博はオーバーに胸をさすり
「や〜、びっくりした。ドキドキしたぜ」と言った。
「よかったじゃない、お好み通りで…」と美香は笑ってホテルに背を向けて歩き出した。
ちょっと遅れて、一博も美香の背中を見て追いかけた。そして二人でまた並んで歩きだした。
作品名:十六夜(いざよい)花火(前編) 作家名:海野ごはん