小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
海野ごはん
海野ごはん
novelistID. 29750
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

十六夜(いざよい)花火(前編)

INDEX|16ページ/66ページ|

次のページ前のページ
 


 翌日の約束は井田写真店の裏の駐車場だった。時間は10時を過ぎていた。
同窓会で約束した4人での旅行。親睦旅行というにはそれぞれの秘密が渦巻いていた。健三を除いて。
一博は車庫からベンツを引き出すと、助手席に加奈子を乗せ、後ろのシートには有田夫妻を乗せた。
 運転はずっと一博が受け持つそうだ。手持ち無沙汰で喋らない健三は黙って3人の昔の思い出話を聞くしかなかった。目的地の海の側の城下町までは3時間のドライブだった。途中見える街の景色は3人にはどうでもいいらしく話の話題を次から次に変えて大笑いしていた。
 やはり、中心は一博と美香の大声だった。健三は美香のこれだけ笑う声をしばらく聞いたことがなかった。連れてきて正解だったかなと自分の手柄のように空気の読めない男は考えた。
 振り向いて話す加奈子はしきりに健三に話を振るが、まともな返事は聞かれなかった。ずれた朴訥な返事がまた笑いを誘うのだが、健三にはそれさえ読み取ることができなかった。まぁ、端から見たらこれで4人のバランスは取れているのかもしれない。

 
 予約していたホテルはこの近辺でも大きな大型観光ホテルだった。いくつもの観光バスが駐車できる広い場所がホテルのエントランスに広がっていた。
 まだ午後1時過ぎのこの時間は観光客を乗せたバスは停まってなかった。ホテルで予約を済ませると夕方の食事までにはずいぶん時間があった。何よりまだランチも食べてなかった。
 車を広い駐車場の端っこに停めると、4人で紹介された海の幸を食べさせてくれるレストランを目指して歩いた。夕食も海の幸だったはずだが、やはり海の側に来ると昼も夜も海鮮の食事になる事はいたしかなかった。カキ小屋が途中、何件も軒を連ねていた。今はシーズンじゃないがエビやサザエなどを焼くことができる浜焼きというのがあるらしい。
 どこにでもサザエとかアワビとか刷り込んだ旗が海風に揺れていた。

「ねぇ 浜焼きもいいんじゃない」と加奈子が言った。
「いいねぇ〜」続いて一博も言った。
「私も食べてみた〜い。なんかワイルドでいいんじゃない」
美香が若い娘のように言った。
「健ちゃんは?」加奈子が聞く。
「ああ、いいよ」反対するような性格じゃないことはわかっていた。

 4人はビニールの風よけの入り口の隙間から店内に入り込んだ。半分に切られたドラム缶が6つほど並んでいた。中には炭を焼いた残りだろうかまだ燃え尽きてない黒いものが残っていた。
 この近海のカキは3月で終わっている。メニューにはサザエ・アワビ・ハマグリの文字が躍っていた。
バーベキューと同じスタイルで、材料が海の幸に取って代わるだけだ。
店主は慣れた手つきでバーナーを扱い、炭に火をつけた。パチパチとはじく火の粉を見て健三は仕事を思い出した。火の粉がパッと輝き、淡く消えるこの感覚が好きだった。誰も火の粉の事は気にしていない。相変わらず昔の思い出を引き出しては反芻して笑い合ってた。
 食べたのはアワビの踊り喰い、イカ焼き、車エビ、サザエ、そしてビールが5本だった。1万4千円は高いのか安いのか、ここら辺の相場なんだろう。昼間からのビールに大人4人は浮かれた。
 海風は少し寒かったが気持ちよかった。健三も酒が入ると心地いい気持ちになる。喋りは少ないが顔はいつもより柔軟だった。本当に来てよかったのかもしれないと再確認した。
 
 城下町のこの町は温泉もわき出ている。至る所に無料の足湯が設置されていた。
100円のタオルを買い、靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ足湯に浸かった。4人揃って足湯に並んで入ると子供に戻ったようだった。旅先で新しいことを経験すると心がわくわくする。そして冒険したくなる。
 加奈子は一博が美香と二人きりになりたいとわかっていた。だけど、さすがの一博も自分からは切り出せないでいた。当たり障りなく加奈子は自分が切り出すのが一番角が立たない。一番自然に二組に分かれることができると計算していた。加奈子だって一博は知らないかもしれないが、実は健三と二人っきりになりたかったのだ。
「ねえ、ねえ、せっかくカップルが二組いるんだから、今日はパートナーを入れ替えて遊ぼうよ」
一博はえっと加奈子の顔を見たが、すぐ美香と一緒に二人きりになれると計算して
「そりゃ〜いい。たまには夫婦交換もいいかもしんない」と言った。
「いや〜〜ね、夫婦交換なんて・・なんか言い方いやらしい」加奈子が笑いながらフォローする。
「え〜〜なんだかおかしい〜〜でも、いいかも」美香はとりあえず賛成ですぐさま相槌を打った。
 3人の笑いの中で、健三だけが合わせたように笑った。口元は何かをいわんやとしていた。
 すぐさま、加奈子は
「じゃ〜、ちょっと健ちゃんを3時間ほどお借りしますね〜」と言っておどけた。
「あ〜〜ら、どうぞどうぞ。こんな堅物でよければ」
 美香も調子を合わせて何とかそっちの方向へ向くように軽く合わせる。
 美香もまさか加奈子が健三を狙っているとは思ってもいなかった。それより一博と二人きりになるチャンスを逃したくなかったのだ。

 一博は女性陣のお膳立てに内心ラッキーだと思った。健三に気を遣わなくて済んだ。自分から言い出したのじゃないから…。
 健三は別に反対するわけじゃないが、3人で口裏合わせてるんではないかと疑った。健三にしては上出来だ。人を疑うことなんかあまりしないタイプだからだ。でも、別にどうでもよかった。この旅行自体どうでもいいもんだから。ちょっとおいしい物を食べ酒を飲みさえすれば良かったのだ。

「健ちゃん、いいわよね」と加奈子が確認した。
「ああ」
「ほぅら健ちゃんのお許しが出た。それじゃ今から3時間別行動をいたします。くれぐれも間違いがないように・・」加奈子は自分から言ったくせに間違いを犯すなと、意味深に取って付け加えた。
「健ちゃん、どうする?まだここにいる?」加奈子が聞いた。
「ああ、もう少しいるから待っててくれ」
それを聞いた一博と美香は、足湯から上がりタオルで足を拭いて靴下を履き、靴を履いた。
笑いながらバカを言い合ってるが、美香と一博は健三の前から一刻も早く立ち去りたかった。下心・よこしまな気持ちを悟られぬように。
 別にこれからホテルで抱き合うわけじゃないが、ただ仄かに残る恋心が後ろめたい気持ちにさせた。二人は焦る様にその場を離れた。
「じゃ〜行ってくるね〜。あなたも楽しんでね」
 美香はさっさと後ろを向き一博より先に歩き出した。
 ここで一言言わなければならないだろうと思った一博は健三に言うより、加奈子に向かって
「じゃ、ちょっとだけ行ってくるから心配すんなよ」と言った。
誰が心配するか・・と加奈子は思ったが、「いってらっしゃ〜い」と場をわきまえた返事をわざとおどけて言った。
健三と加奈子の二人きりになった足湯の場は急にしんと静かになった。