十六夜(いざよい)花火(前編)
美香は健三から離れたテーブルで男たちからちやほやされていた。嬌声の上がるテーブルは静かな健三のテーブルとは大違いだった。美香は主役だった。
すっかり乗せられ笑うのだが静かな健三のテーブルが気になった。
「ちょっとごめんね」と言って、夫である健三を気にしたかのように健三の傍を伺うのだが、家にいるぶっきらぼうの健三だとわかるとさっさと傍を離れ、また自分のテーブルに戻って行った。美香のテーブルには一博も来ていた。だが、健三にとって焼きもちを焼くほどでもなかった。いや、焼きもち自体の言葉を保有してないのかもしれない。健三はみんなを見ながら手酌で飲んでいた。
加奈子はそんな健三をじっと見ていた。みんなの関心が健三に行かないことを確認して、加奈子は健三のテーブルに近寄った。
「どう、飲んでる?」
「ああ・・」
「うるさいの嫌いでしょ」
「いや、そうでもないさ・・懐かしい」
「健ちゃんのその高いところから見下ろすような所、昔とおんなじだね」
「・・・・」
「あたし変わった?」
「・・・井田の2回目の奥さんだってな・・」
「そうよ・・嫌いだけど」
「・・?」健三は加奈子の顔を見た。昔の面影は目尻にあるくらいだ。その目尻でさえ皺が覆いかぶさってきている。肌艶はいいらしい。自分ちの美香と比べるほど妻を見たこともないが健康そうな顔だと思った。
「何よ、じろじろ見ないでよ。さっきからデリカシーのない男ね」
「デリカシー?はっはっは・・花火作りはデリケートなんだけど、付き合いは苦手だ」
健三はここに来て初めて笑った。
「お前の旦那、人気者だな。商売うまいだろ」
「外面だけよ。家の中じゃ王様気取りよ。あんたんとこの奥さんも人気者じゃない」
「ああ、普段はブスッ〜と暗い顔してんだけどな・・・外面がいいんだろ」
二人でクックックッと笑った。
「健ちゃんお酒強いの?注いであげようか」
「いいよ、ばばぁのお酌より手酌がいい」
「なによ、ばばぁって、じじぃのくせに・・・」
「俺たちいくつだっけ・・」笑いながら健三は加奈子の顔を見た。
「まだ49歳よ」
「49歳か・・・ずいぶん歳取ったな、あれから」
あれからとはどこからのことなんだろう?あの放課後からなのだろうか?加奈子は一瞬昔を思い出した。
健三は喋り過ぎだ・・と自戒を込めて、それ以後何も言わなくなった。
黙って加奈子は空になった健三のおちょこに酒を注いだ。
一博は美香と夢中で喋っていた。ほかに男が5人女が二人、9人のテーブルでは昔の話に花が咲いていた。ふと、首を持ち上げ見渡すと加奈子が健三と話してるのが見えた。4人夫婦で話すのも悪くないと思った一博は美香を誘って健三のところへ行こうと言い出した。美香は顔の前で手を振り、遠慮するみたいな顔をした。一博は笑って促し、いやそうな美香の腰をあげさせた。
「ほら手を貸すよ」と差し出した博一の手は暖かった。少し汗ばんだ初めて握る男の手に美香は気色ばんだ。
作品名:十六夜(いざよい)花火(前編) 作家名:海野ごはん