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6色の虹の話

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5.誰かの話



「おい、一緒に飯行くか?」
「いいですよ」
 火曜日はあの店の定休日。
 先輩職員に誘われるままに外へと出る。
 昼休みになるとざわざわと校門の外にまでその雰囲気が伝わる高校も、この時間は授業中で静かなものだ。そういえば新しい歯医者が斜め前にできましたね。誰か行ったんですかね?
 など他愛もない予定調和な雑談をしながら、ぷらぷらと歩く。
 この方向ならあそこかなと予想した通り、入ったのは洒落なイタリアンの店。
 昼には少し早い時間のせいか、すんなりと中へと通された。
「たまに食いたくなるんだがな、おっさん一人じゃ入り難いんだわ」
「俺もおっさんですよ」
「一人より二人のおっさんのがまだ入り易い」
 冗談か本音か分かりにくい言葉で笑いながら、日替わりランチを二つ注文する。
 運ばれてきた鴨肉のサラダと根菜のクリームスープ、バジルとエビのパスタによく焼けたパン。確かこの後にはデザートと珈琲がついて千円くらいだったか。
 確かに美味しいし、以前はわりと頻繁に来ていた。だが。
「あ、なぁ。そういえば若い女の子が行きたがるような美味い店とか可愛い洋服の店だとかどうやって調べるんだ? 今ならネットか?」
「そうですね…俺はネットですけど、トミナガ先生苦手でしたよね? どこか行かれるんなら調べましょうか?」
 ちょうど手が開いているし、それほど時間はかからないだろう。
 ここに誘ったのは昼食を礼にしてくれるつもりなのかと思ったが。
「いや、自分で調べたいんだが…」
 違ったらしい。
「昔は旅行本とか買ってたんだが、今はやっぱりネットか…」
「いえ、今も雑誌とかありますよ。買ってもいいし、図書館にも入ってます」
「図書館か……そういや、最近読書家だったな」
「ええ、ちょっと心を入れ替えまして。片思いの相手が読書家なんで」
「真顔で言うなよ。冗談か本気か分かりにくい」
 笑われる。
 自分が読書家かどうかは別として、たまに見かける女性と親しげに話している話題の中に本や漫画が出てくるから興味を持って読んでいるだけ。
 女性は仕事柄っぽい口ぶりだったが本人も好きなのだろう。そして自分が気になっている店長も。
 女性が好きなのは恋愛要素の少ない推理物。店長が好きなのは写真集や歴史物。
 自分の好きな分野を店長も好き。
 それだけで嬉しくなるとはどこの女子高校生か。
 我ながら恥ずかしいというか、忘れるほど昔にしか感じたことのない――わらえるほどに甘酸っぱいともいえる感情に少し感動すら覚えると言うか。
「ところで」
「うん?」
 羨ましいほど実直で様々な人が思い描くだろういわゆる『幸せな人生』を送っている人にそんな度胸はないだろうなと思いながら。
 無性に何とも言い難くなった自分の感情を誤魔化すようにあえて無茶な話題を振る。
「若い女の子って、愛人でも囲うんですか?」
「愛じ…?!」
「冗談です。固まってたらアイス溶けますよ」
 思った通りの反応が返ってきて、何故か脳裏にあの人が浮かんできた。
 不味くはないけれど、やっぱり珈琲の香りに包まれた居心地のいい店であの人の作った飯を食いたい。



作品名:6色の虹の話 作家名:くろ