6色の虹の話
6.6色の虹の話
『そういや、自慢していい? 彼女できたw』
『マジで?! うちもできてんけど!』
「うお、すげー!」
画面の中の文字に思わず言葉が出る。
ふたりはそのまま彼女自慢というかのろけというか。
相変わらず物凄い速さで文字が流れて行く。
同時進行で二人のキャラクターがモンスターを狩っていくのはわりとシュールだ。
基本はソロで暇つぶし程度に始めたはずのオンラインゲームで知り合ったモーさんとハーさん。
会えたら一緒に遊ぶ程度の頻度でしか二人ともログインしないし、ゲームの話も私生活の話もしないので、その無関心さに助けられてゆるゆると付き合いが続いている。『彼女』と言われて今初めて二人の性別を知ったくらい互いに何も知らない関係が居心地いい。
『そっか、おめでと』
回復呪文を唱えながら打った言葉に二人から同時に礼が飛んでくると同時に、戦利品が画面に表示される。一拍遅れて背後から電子音が響く。
『あ、ごめん。落ちる。バイトの時間』
『いってら』
『頑張れ』
携帯のアラームを停止し、パソコンの電源を落とす。
背伸びをして部屋を出る。鍵を掛けて徒歩10分ほどのバイト先へと少し急ぎ足に向かう。
「こんにちはー」
「ああ、よろしくね」
裏口から入って、店長さんに声だけかけて階段を上がる。カフェを開いている一階、その上がバイト場だ。
ネット販売を始めたが管理に予想外に時間がかかるのでバイトを雇うことにしたと初日に教えてもらった。店長の私室の一角に急きょ作った作業スペース。
信頼してもらっているのだろう。それを裏切りたくないし、なるべく必要なもの以外には触らないようにと仕事を始める。
店長さんがチェックして用意してくれている珈琲豆を始めとした商品を一つずつ確認して、必要ならばラッピングし、割れないように梱包。手書きのメッセージカードや店からのお知らせのチラシなどを詰め終わったら発送の準備と電話。
「店長、終わりました」
「ありがとう。今日は何飲む?」
「えっと…じゃあ、カフェオレいいですか?」
店長の淹れてくれる飲み物と小さいお菓子が目の前に出てくる。配送業者が引き取りに来てくれるまでの短い休憩時間。
カフェオレを飲みながらぼんやりと考える。
ネットでのゆるい関係しかないけれど、いい人だと思っていたあの二人に彼女ができて楽しそうで、本当によかったと思う。そう言えば高校時代からの友人も恋人ができたと可愛らしいメールをくれたし。
最近、自分の周りでめでたい話が続く。
人を愛するとか恋する気持ちなんて正直まったく分からないし、そんな気持ちを向けられても困る。更に人に触られることにすら嫌悪を抱く自分には遥か遠い出来事のように感じる。
ただ、自分が分からない感情なだけで、周囲の好きな人たちが楽しそうにしているのを見ているのは何だか嬉しい気持ちになる。それに楽しそうな彼らは総じて何だか可愛い。
「…店長さん」
「うん?」
最近。何だか気のせいか楽しそうですが、ひょっとして恋人ができたんですか?
ただのバイトが聞くには少し内容が踏み込み過ぎているかと思い直して。
「カフェオレ美味しいです」
「ありがとう」
代わりに甘い蜂蜜の入ったカフェオレの正直な感想を伝えると、少しだけ笑ってくれて。
何だかほわりと嬉しくなった。