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6色の虹の話

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3.貴方の話



「ごめんね。待った?」
 ふわふわとした茶色の髪の毛が少しぼさぼさになっている。
 慌てて走ってきてくれたのがそれだけで分かった。
「いや、気にしなくていい」
「遅れたんだもの、気にするよ。でももうちょっとだけごめんね」
 ため息をひとつついて、髪の毛を手櫛で直す。
 少し俯き加減な仕種。
 なるほど。ちょっとしたことで可愛く見える。
「よし! お待たせしました」
 見つめてしまっていたせいで、顔を上げたシノノメさんと思い切り目が合ってしまった。
 そのままじっと見つめられ、思わず後ずさりたくなる。
「あの…」
「それ、新しいね。可愛い」
「あ、ありがとう……あの、」
「うん。変じゃないよ。トミーさんの雰囲気によく似合ってる」
 毎回、新しいものを身につけると必ずそれにコメントをくれる。
 笑ったその顔は嘘をついているようには見えない。
 それだけでずっと胸の中にあった不安が少しだけ軽くなる。
「でも、そうだなぁ…私だったらそのストールはしない、かな?」
「でもストールがないと、その…」
 のどぼとけが目立ってしまう。
 周囲の目が気になった消えてしまった語尾。
「あ、ごめんね。要らないってことじゃなくて、えっと…」
 慌ててシノノメさんが手を振る。
「お洋服が赤系でしょ? だったら青よりも他の色の方がいいかなって思って」
「あぁ、そういう…」
「うん。ちょっと言葉遣いが不適切だった。ごめんね」
「いや…」
 仕事では偉そうに理解力が云々なんて言っていても、自分のことになるとこんな間違いをよくする。
 この格好をしている時は常に緊張しているせいだという言い訳を差し引いても、酷い。
 丈の長いスカート。細くはあるが女性よりもいかつい肩やのどぼとけを隠すためのストール。真っ黒いボブのかつら。
 女装。
 まさか50を超えてそんなものにはまるとは思っていなかった。
 あの時。
 出張で行ったあの場所で、目にとまった一人の男性。
 明らかに男性が女装をしていると解る格好でその人は公園のベンチに座っていた。
 周囲の人たちからあからさまな好奇の視線を向けられていても、その人はただのんびりと紅茶の缶を片手にくつろいでいた。
 それまでだっていわゆる『おかま』と…最近では『ニューハーフ』というのだっただか。そういう人々をテレビで、あるいは実際に見てきていたはずだったのに。
 あの人はやけに印象に残っていて、無性に気になった。
 何というか『普通』だったから。
「ねぇ、今日はどこに行くの? あっち? こっち?」
 右。左。
 シノノメさんが指をさす。
 地元ではないが月に一度か二度、訪ねてくるにつれ何となくどこに何があるかは把握できつつある。
「…じゃあ、この服に似合うストールを一緒に選んで欲しいかな」
「うん、わかった。じゃあ、こっちね。あと私の服も一緒に選んでいいかな?」
「勿論」
「ありがとう」
 普段は主に自分に付き合ってもらうばかりだったから、少し申し訳なさを感じていた。
 だから先にシノノメさんの洋服を選んでもらうことにする。
「新しい服買ってたんだけどね、会えるのが少し延びちゃって…もうすぐ会えるんだけど季節が変わっちゃったから買い直し」
 楽しそうに覗きながら、気になるものがあったのか。
 一軒の店へと入っていく。
 見るからに女の子らしい淡い色の洋服が並んでいて、一緒に見るだけで心が弾む。
 華美にならない程度のレースやフリルが可愛い。
 初めて見るくらい真剣に選ぶ横顔に、ふと。
「デート?」
 好奇心が押さえられなくて尋ねてしまった。
 彼氏がいるという話は聞いたことなかったが、これだけ可愛ければいるだろうと微笑ましさに思わず笑いがこぼれる。
「うん。彼女と会うの」
「彼女?」
「そう言えばトミーさんとはそういうこと話したことなかったっけ」
取り出して見せられた携帯の画面。
「えへへ。可愛いでしょ?」
 そこには嬉しそうなシノノメさんと年上に見える、少し恥ずかしそうに笑う女性がふたりで映っている。
 聞き間違いかと思ったけれど合っていたらしい。
「えっと…」
 女の子が女の子を好き。
 そういう人々がいることは知っていても、まさかこんなに身近にいるとは思っていなかった。
 一瞬、頭が真っ白になる。
 反応がなくなった自分に、彼女が世間話を続けるように問いかける。
「気持ち悪くなった?」
「いや、それは…ない」
「そ? よかった」
 いつもどおりの笑顔。
 そういえばと思いだす。
 自分の娘ほどの年の女の子が明らかに似合わない女装をしていた自分に声を掛けてくれた。
 その時、『気持ち悪くはないか』と聞いた時に同じ笑顔で『気持ち悪くないし、もっともっと可愛くなるよ』と。
 彼女はそう言って、自分は想像していなかったくらいに救われた気持ちになった。
 ひょっとしたら今、彼女はあの時の自分と同じ――でなくても、少しは救われた気持ちになれたのだろうか。
「ねぇねぇ。どうかな、これ」
「うん。可愛いと思うよ」
「じゃあ試着しちゃお」
 身体の前に当てられたふわふわとしたシフォン生地の洋服は雰囲気に似合っていて、とても可愛らしかった。



作品名:6色の虹の話 作家名:くろ