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6色の虹の話

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2.僕の話



「おかえりなさーい」
 扉を開けた瞬間、ただいまと言い終わるよりも早く、アキが飛びついてくる。
 いつもより少し早めに帰ってきたはずだが、どうして分かったのだろうか。玄関の近くに居て鍵の音で気づかれたのだろうか。とどうでもいいことを一瞬、考える。
「今日は?」
「バイトはお休み」
「じゃなくて病院の方」
「いつも通りだって」
 ミルクティーのような明るい髪がかかっていても分かるぱっちりとした大きな目。その中に嬉しそうな自分の姿が映る。
 ごろごろとのどを鳴らす猫とよい勝負ではないかと思う勢いで懐くアキの隙間を縫って靴を脱ぎ、部屋の中へと移動する。
 リビングには既に美味しそうな匂いが漂っていて、限界だった腹が思い出したように自己主張を始める。
「食べてもいい?」
「あ、じゃあ揚げ物するからちょっと待ってて」
「急がなくていいよ」
 狭い部屋の中、慌ててコンロへと向かう背中に声を掛ける。
 とその動きが止まって。
「ごめん、ハルくん。油がなくなったから買いに行こうとしてたんだった」
「じゃあ、一緒に買いに行こうか」
 どおりで物凄く早いお出迎えだと思った。
 机の上にあったサラダを少しだけ手でつまんで、もう一度脱いだばかりの靴を履いて、手を繋いで。
 別に一緒に出掛ける際の決まりと言うわけではないけれど、手を繋ぐとアキが嬉しそうに自分の方を見る。
 その表情がこの習慣を作った。
 近所の小さなスーパーで油とアキが好きな小豆のアイスをかごに入れ、レジのすぐ横で年配の女性と目が合った。
「こんばんはー」
「あら、どこの別嬪さんかと思ったら! 相変わらずすらっとしてていいわねー。ハルくんも、こんばんは。お仕事帰り?」
「ええ。こんばんは」
 何気ない会話。他意のない言葉。
 そう分かっているのに、未だにどうしても慣れない。
 中身と外見の違和感。不一致。気持ち悪さ。
 それをどうにかしたくてようやく手に入れたはずの身体。
 満たされたはずだった。それなのに今度は人の目が気になってしまう。
 自分はきちんと男に見えているのだろうか。どこかおかしなところはないだろうか。
 立ち居振る舞いに違和感はないだろうか。
 看護師の仕事中は割り切っているし、忙しいから患者さんたちとあまり会話をする機会もない。
 精々が軽口程度で、病状の話がメインになる。
 もうちょっと身長があればもっとモテるだろうなんていう他愛ない仮定の話を振られることがあるが、もう彼女がいるのでと答えればそこからはまた違う方向へと話しが転がっていく。
「今日はハルくんも一緒?」
「はい!」
「ふたりはいつ見ても仲良しでいいわねー」
 顔見知りになった女性とアキが他愛ない世間話をしている間にレジを済ませ、一礼だけして荷物を袋へと放り込む。
 もう二言三言。言葉を交わした後に女性と別れ、遅れて隣に来たアキと再び手を繋ぎ家へと戻る道を歩く。
 がさがさという袋の音とアキの体温が気持ちいい。
「大丈夫」
 ぎゅっと強く握られた掌。
 見上げるといつも通りにこにこと笑うアキの顔。
 こんな風に人目を気にしてしまうということは一度も言ったことがないが、やはり感づかれているのだろう。
「ハルくんはいつもカッコいいよ」
「……そんなこと言うのはアキだけだよ」
 自分でもしょうもないと思うのに、どうしても不安が消えない。
 戸籍まで完全に男性としてしまえば、消えるのだろうか。
 けれどそうしてしまうとまだ治療中のアキと合法的に夫婦と認められる日は遠くなってしまう。今ならすぐにでも結婚ができるが、そうなってしまうと今度は戸籍を変更すること自体が少々めんどくさくなってしまうし。
 兎角この世は生き難い。そう呟いたのは誰だっただろう。
 そういう意味ではないだろうと分かってはいても、共感せずにはいられない。
「ハルくん?」
「腹減った」
「うん。早く帰ろうね」
 ぎゅっと握りあった掌。
 今はただ、一緒に居てくれるこの奇跡にだけ感謝して、未来を夢見て現実に生きていくしかないけれど。



作品名:6色の虹の話 作家名:くろ