十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章>
ホームルームが始まった頃にこっそりと教室へ入っていくと、担任の小谷由香がプリントを配っている最中だった。大学を卒業して二年目に初めてクラス担任を任された小谷は、生徒から「チビ谷」と呼ばれている。
一番後ろの窓側の席に近づき、椅子をゆっくりと引く。その時、上靴の縁と椅子がぶつかってカツンと高い音が鳴った。クラス中が俺の方を向く。小谷も俺の方を見た。
「また片桐君なの? 話があるから放課後進路相談室に来なさい」
プリントを手に持って俺の席まで早足で歩いてくると、鋭い声でそう言った。
小谷から出てくるフレーズはいつだって決まっている。心を開けとか、自分をさらけ出せとか、うんざりするような言葉を延々と繰り返すのだ。前にも幾度か一対一で話をしたことがあるが、何の役にも立たなかった。小谷の相手をするのは億劫だったが、母さんにチクられるともっと面倒なことになるのはわかっていた。
作品名:十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章> 作家名:朝木いろは