十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章>
一年程前の今頃、俺はあかねに呼び出され「好き」と、この場所で告げられた。容姿は美人の部類に入るし、性格も快活で人懐っこく、先生やクラスメイトからの人望も厚い。これといってマイナス点はなかったが、俺はすぐに断った。理由は至ってシンプル。恋愛なんて面倒なことに関わりたくなかったのだ。あかねは自分の期待していた答えが得られなかったのか、あの日から俺を「冷たい人間」呼ばわりしている。告白をはぐらかして蛇の生殺し状態にしておく方がよっぽど冷酷じゃないかと反論もしてみたが、効果はなかった。
「先生が探してた。片桐君はまたサボりかって。見つかったらかなり怒られるよ」
俺はあかねを一瞥(いちべつ)し、無言のままで小さくため息をついた。
「悠って何に対しても興味ないよね? それって無気力症候群じゃないの?」
「これは生まれつきだから」
「無気力症候群って今若い人の間で流行っているんだって。やる気とか目標がなくて、感情も乏しくなっていくらしいよ。うつ病とも共通点があるみたい。昨日テレビの特集でやってた」
あかねは知識をひけらかしたいようで、早口気味で喋り続けた。
「本人も生きがいが感じられなくて辛いんだって。もし悠がそうなら私に言ってね。相談に乗るから。ねっ?」
「あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「珍しいね」
あかねは顔をほころばせ、俺の横に体育座りで腰を掛けた。
「これ消せる?」
「ちょっと見せて」
あかねは俺の手から携帯電話をさっと取り、慣れた手つきでカチカチとボタンを押し始めた。
「これ、悠が登録したの?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ洋人でしょ? あいつならやりかねないもん」
「とにかく消してくれよ。洋人にも言ったけどどうせ忘れるから」
「悠もさ、これを機に練習したら? いつまでも通話オンリーなんてお爺さんじゃあるまいし」
「ジジイで悪かったな。そもそも携帯なんて電話するためにあるんだろ? メールだのネットだのってメンドくせぇ」
「本当は機械オンチなんでしょ。だから誤魔化してカッコつけてるんでしょ」
「少しは黙れよ。お前、髪食ってるぞ」
腰まである長い髪の毛が風に揺らされ、顔の周りで盆踊りをしているようだった。人差し指で頬に張りついた髪の毛をそっと引き剥がしてやると、あかねはびくっと肩を震わせ頬を紅潮させた。
屋上に取りつけられたスピーカーから、六時間目の始業を告げるチャイムが大音量で鳴り響いた。
「うるせぇな。静かにしろよ」
スピーカーに向かって不満を漏らしたのと同時に、あかねはパタパタと鉄扉の向こうに消えて行った。
作品名:十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章> 作家名:朝木いろは