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朝木いろは
朝木いろは
novelistID. 42435
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章>

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「早く入ってください」
 女は俺の腕を細い指でつかんだ。ドアが開いたのに一向に足を動かそうとしない俺を見て、既にバスに乗り込んでいた数人の乗客も不思議そうな顔を浮かべていた。「発車します」という声がはるか遠くで聞こえたような気がした瞬間――。俺はバスの床に思いっきり投げ出され、尻もちをついてしまった。キャーという声と同時にバスは再び急停車し、運転手とさっきの女が駆け寄ってきた。
「お客さん大丈夫ですか? 立ち上がれますか?」
 運転手は青ざめていた。
「大丈夫です」
「怪我はないですか?」
「平気ですから」
「でも……」
「早く発車した方がいいんじゃないですか」
 俺の強い口調に圧倒されたのか、運転手は不安そうな顔でチラチラと後ろを振り返りながら前へ戻って行った。
「どうぞ。使って」
 女は今にも泣き出しそうな顔で俺の右手にハンカチを握らせた。
「手首から血が出てる」
 ハンカチをよけて見ると、床で擦れた皮膚から血が滲み出ていた。出血量の割に痛みは感じなかった。
「いいよ、平気だから」
 俺は平静を装いながらも、強く胸を打つ心臓の鼓動に明らかな動揺を感じていた。「総合病院前」とアナウンスが流れたのを聞き俺は内心ホッとした。バス停に着くなり、早歩きで外へ出た。運転手はまだ心配そうな顔を浮かべていたが、これ以上恥の上塗りをしたくないという俺の気持ちを察したようで無言で送り出してくれた。
「あの……」
 病院に向かって歩き出した途端、ふいに後ろから声がした。振り返ると、さっきの女が困ったような顔で立っていた。
「え? なんで?」
「私のせいって思われたら嫌だし。それにハンカチも」
「ああ。同じの買って返すから」
「無理です。そのハンカチ、日本では売ってないから」
 女の横顔を見た瞬間、俺の心臓は再びぎゅっと締めつけられ、途端に息ができないような苦しさを覚えた。
「ハンカチは洗って郵送する。連絡先はここに書いて」
 俺はジーンズのポケットからクシャクシャになったガムの包み紙を出し、わざと冷たく突き放すような口調で言った。