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朝木いろは
朝木いろは
novelistID. 42435
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十七歳の碧い夏、その扉をひらく時 <第一章>

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 男は“アタシ”という一人称を使い、手をくねらせながらしゃべり続けた。
「ここじゃなんだし、そこの喫茶店に入りましょ。連絡先とかも書いて渡したいし。治療費も全額払うから」
 黙っていると、男は懇願するような目つきで両手をすり合わせてきた。
「一分でいいの。手間は取らせない」
 俺は不穏な気持ちのまま、喫茶店に入った。断るべきだったと後悔したが、男の醸し出す異様な圧迫感には到底勝てそうになかったのだ。
 男は窓際の奥の席に座り、俺はその向かい側に座った。
「自己紹介をしてなかったね。ごめんなさい。白崎 涼(しらさき りょう)です。この子はモコ。一応血統書つきのチワワなんだけど、今発情期で気が荒いのよ。本当に申し訳ないことをしてしまったと思ってる。足はまだ痛むよね?」
 黒いエプロンをした初老の店主らしき人物が注文を取りに来た。白崎はモコの背中を撫でながら、「私はいつもの。こちらにも同じものを」と告げた。
「ヤダ、つい勝手に注文しちゃった。あのね、ここのパフェがすっごくおいしいの。甘いものは苦手?」
「いや別に」
 俺は短く返事をして、そのまま下を向いた。
「あなたもスイーツ好きなのね。アタシ、食べるのも作るのも好きなの。甘いものって人生を豊かにしてくれるって思わない? 日本だとまだまだ男たるもの甘いものなんかって風潮もあるみたいだけど。男だってカフェのテラスで 堂々とパフェを食べたいのにね」
 俺は黙って白崎が喋っているのを聞いていた。
「そうそう、アタシね最近MINっていうサイトで新しいグループを始めたの。スイーツ好きな男子だけを集めて少人数のオフ会をやるのが夢でね。みんなでスイーツ批評をしたりして。楽しそうでしょ?」
「さっきから男、男って言ってるけど、その話し方は何なんだよ。なんか女みたいで気持ち悪い」
「あらぁ、気づいちゃった? アタシ、見た目は古風な日本男児なんだけど、中身はそうじゃないの。完全な女の子でもなく、完全な男の子でもない。不思議でしょ」
「はぁ?」
「勢いでカミングアウトしちゃった。うふふ」
「意味わかんねぇ」
「意味なんかわかんなくていいの。ここのパフェを食べれば、そんなどうでもいいことすぐに忘れちゃうんだから」
 マスターがパフェをテーブルに上に置いた。
「当店特製のベリーズパフェです」
 高く渦巻くソフトクリームの上には、ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリーの三種が混ざったソースがたっぷりとかかっていた。
「溶ける前に早く食べて、ね?」
 白崎は片目をウィンクさせてそう言った。言われるがままに、ゆっくりと口の中にスプーンを運ぶ。シンプルな見た目とは違い、口の中に深い味わいが広がった。ベリー三種の爽やかな酸っぱさと、濃厚なクリームのテイストが絶妙にマッチしている。
「うまい」
 俺は思わず口を滑らせた。
「でしょ? でしょ? やっぱり通にはわかるのよね、この味が」
 白崎は頬を紅潮させたまま、ガタンと立ち上がった。そしてマスターの方に向かって親指を立て、「おいしいって! やっぱり世界一の味よ」と大声を出した。幼稚園児のようにはしゃぐ白崎を見ていると、なぜだか子どもの時によく遊んでいた公園を思い出した。砂場でバケツをひっくり返してお城を作り、母さんに「見て見て。僕が作ったんだよ。世界一上手でしょ」と大声ではしゃいでいた頃。その時の自分と白崎の姿がぴったり重なった。
「片桐悠」
「え?」
「俺の名前。自己紹介してなかったから」
 白崎は一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐに大きな笑みを浮かべた。
「嬉しいわぁ。悠くん、よろしくね」
「悠でいいよ」
「学生さん? 大学生とか?」
「いや、高校生」
「どうりでお肌がすべすべで綺麗だと思った。ティーンだけが持つ輝きを放ってるの。こんな美男子と出会えるなんてアタシってツイてる! 今日は最高のハッピーディよ」
「言っとくけど、俺そっちに興味ないから」
「そ、そんなことわかってるわよ。予防線を張らなくたって一目見たらわかるんだから。でも顔はもろアタシのストライクど真ん中! 目の保養ね、目の保養」
 じっと顔を見つめる白崎の視線に耐えかね、俺は話題を変えた。
「ところでさっき言ってたグループの話なんだけど」
「スイーツの?」
「そう」
「『スイーツ大好き男子の会』よ。アタシが管理人なの」