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ゾディアック・コンダクト

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第一話Aパート


 
その少年は冬が好きだ。

それは寒いのが好きとか、好きな紅茶がいっそう香り立つとかそういったことではなく、
ただ冬の夜空にはオリオンが見える。それだけの理由だった。

オリオンは少年が唯一視認できる星座だった。
特徴的に横に並ぶ三つの恒星。対角に延びた存在感のあるベテルギウスとリベル。
この広く冷たい静寂の中で、唯一自分の判り得るものを見つける度に少年は安堵しているのかもしれない。いや、安堵しているのだ。

 「ルカ!」唐突に名を呼ばれかたと思うと頬に温もりを感じた。
ルカは頬に当っている木製のマグカップを受け取り、腰をかけていた大樹の枝から垂れる粗末なはしごが揺れているのを見ると「クルス…いつの間に…」とわざとらしくたずねる。
すると二つに分けた長い髪を月明かりに輝かせた少女は、いつもどおり「お前が妄想に浸っている間にじゃ」と答えてくれた。
 
クルスがルカの隣に腰をかけ、ルカとは違うキツネの毛皮に包まると北風が吹き微かな獣臭が鼻をつきぬけた。

たいして強い風では無いが、やはり身にしみる。しかも今日の夜空は雲ひとつ無いときた。こんな日はどこの家も、薪が幾つあっても足りないだろう。

「見えたのか?」クルスはマグカップのレモンティーを口でさまし視界を曇らせた。
「まだ見えてない…はず…」とルカはオリオンを眺めていた事を隠してミルクティーに口をつけようとした時、クルスは思いついたようにルカに問いかけた。

「なぁルカ? どうしてお前は南の空を観ているのじゃ? わらわ達が観ようとしているエトワールは東の空のはずじゃが?」
 
「相変わらず鋭いな…」小声で呟きルカは何か良い言い訳は無いかと考えようとしたが、クルスが「素直に詫びるのであれば譲らない事も無い」と言わんばかりに焼きたてのクッキーをほおばるので予想以上に熱かったミルクティーを何とか飲み込むと「ごめん…」と羊の毛皮で頭を外套のように隠して言ったのだった。

そんなルカをはじめは呆れた顔で頬をふくらまし横目でにらんでいたクルスだったが、あまりにもルカが毛皮から顔を出さないので心配になり脇に置いていた皮袋から一枚、さっきまで見せびらかすように食べていたクッキーを取り出すと

「き、気にするな、まったく…今日はやけに素直じゃな!」と言い、クルスはぎこちなく笑顔をつくり外套の中を覗きクッキーを差し出した。

返事はしばらく無かった。 しかしよく見ると体を小刻みに揺らし顔を真っ赤にしたルカが今にも笑いを吹き出しそうにしていた。

「あははは、クルスそれ全然笑えてないよ!ははっ」
ルカは必死に枝から落ちないように体をよじらせてバランスを保っていたが、それはクルスの「前言撤回じゃっ!」と言う言葉と同時の一撃によって儚くも崩れると、すぐ下の枝と枝との間に張られた麻網に落ち、体が情けなく跳ね回った。
 
「まったく! 心配して損をしたぞ」
「あははっごめんごめん」
ルカは足に絡まった麻網をほどくとその場に仰向けになった。
視界一面に広がる夜空。「星の海」とはこのような眺めを言うのかもしれない。 
深呼吸すると白い息が星の海に吸い込まれては消えていく。
 少し目線を下に移せば枝の上に立ち不機嫌そうに腕を腰に当てこちらを見ているクルスの姿がある。
ルカは満月と重なり影絵のように映るクルスを目を少し細めて眺め、そして北風になびく長く美しい髪を見るとあの日のことを思い出していた。

あの日、あの燃える森の中自分が消え行く事を覚悟しかけていた時。 
何故森の中で一人でいたのか。 それ以前はどこで何をしていたのか。 ルカは憶えていない。 そこで何が起こったのか。 一年経とうという今でさえ思い出す事はできない。
しかし、そんな絶望とも言える中でルカが最初に記憶したのは、差し出された小さくやわらかい手。 月明かりに輝く金色の髪。 蜂蜜のような甘い香り。 

そして…頬を伝って落ちるナミ…ダ?

「痛っ!」胸を針で刺されたような一瞬の痛みが走る。
 新しい事を思い出す時はいつもこうだ。 
何年経とうがこの痛みだけは慣れる事はできないでいた。

こんな時はいつも同じ衝動に駆られる。
 クルスなら何か必ず知っているかも知れないという衝動に。
 ルカは質問をしようと口を開きかけたが先に口を開いたのはクルスの方だった。
「大丈夫か?」気がつくとクルスは隣で心配そうにルカの様子を伺っている。
「クルス…いつの間に…」
「お前がわらわに見惚れている間にじゃ」
クルスは持っていたクッキーをルカの口に強引に押し込んで少し恥ずかしそうに微笑むのだっだ。
それを見たルカは今口に出そうとした質問を静かにクッキーと共に飲み込んだ。
 
もう、こんな事を何度も続けている。

クルスがほんの少しだけルカの方にもたれた。 
ルカが横目でクルスを見ると、視線を空に向けたまま冷めたレモンティーによそよそしく息を吹きかけていた。 
ルカも起き上がり少しだけクルスに体重を移す。
そして同じく視線だけ空に向けぬるいミルクティーに口をつけた。

北風が吹く。
今度は、ほのかに甘い香りがした。