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『喧嘩百景』第10話榊征四郎VS碧嶋真琴

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 この場で一番穏便にかつ確実に真琴を止めることができるのは羅牙だけだ。美希は相棒の方に顔を向け、腰に手を当てて二人を指差した。
 「危なくなったらな」
 羅牙は腕を組んで道端の電信柱にもたれ掛かった。
 羅牙の目から見ても征四郎と真琴はほぼ互角だった。いかに真琴が優れた剣術の使い手とはいえ、まだ中学一年の少女だ。剣道の素人ではない征四郎相手では技術の差より体格と腕力の差の方がまだ大きかった。
 「貴様っ」
 真琴は刀袋の口を留めてある紐に手を掛けた。
 「征四郎くんっ、逃げてっ」
 美希は無駄とは思いながら声を掛けた。征四郎には逃げ出す気など更々ないのだ。彼の方には逃げなければならない理由などない、それどころか彼には真琴にどうしても伝えておかなければならない大事な用件があるのだ。
 「手を抜くとは私を愚弄しているのかっ」
 真琴は紐を解いて刀の柄(つか)に手を掛けた。
 目の前の不埒者は彼女の攻撃を受けているだけだ。――剣術の心得があるのに反撃もしてこないとは、女子供と侮っているのか。
 真琴は刀袋の上から左手の親指で刀の鍔を押した。
 「真琴さんっ」
 征四郎は木刀を下に向けて背後に引いた。
 彼には彼女を傷付けることなどできはしない。何とかして誤解を解いてもらわなければ。征四郎は膝を付こうと片方の足を引いて身を屈めた。
 しゅぃん、と、鞘が鳴る。
 真琴は真っ赤な顔で愛刀を抜き放った。
 刀身に反りのある日本刀をスムーズに抜くことは素人が思うほど簡単なものではない。身体の小さな真琴には尚更のことだろう。それなのに彼女は自分の腕よりもずっと長いそれをいとも簡単に抜いて見せた。
 ――何て――――。
 征四郎は息を呑んだ。
 木刀を構え直す。
 彼女を傷付けることはできない。――しかし――、彼には彼女のプライドを傷付けることもできなかった。
 征四郎に手加減されていると思うことは、真琴にとって、負けることよりも屈辱的なことなのだろう。
 「真琴っ」
 美希は、真琴を気にしながら羅牙の方に顔を向けた。
 真剣と木刀では勝負にならない。
 真琴の腕力では相手に重傷を負わさずに済む位置で剣を止められるかどうかは五分(ごぶ)だ。