グランボルカ戦記 2 御前試合
少し照れくさそうに笑うエドの表情からそれが誰を指しているのかピンと来て、クロエは胸がチクリと痛んで、自分の中に嫌な感情が沸き上がってくるのを感じた。しかしクロエはそのすぐにでも吐き出してしまいたくなる感情を押し殺して努めて平静に答える。
「そういったご事情であれば、あればなおさらシェフに習うべきです。私のような素人が作る程度の低いものではなく、きちんとした料理を学ばれたほうが、きっとその大切な方も喜ばれると思います。」
そう。アレクシスにエーデルガルドが作ってあげる料理はこんなものでは駄目だ。
彼は十年も彼女を探していた。
十年焦がれて探し求めてやっと巡り会えた姫君がつくる料理がこれでは、アレクシスががっかりする。
だからクロエは断った。
「程度が低いなんてことないよ。」
だから、エドの言葉が理解できなかった。
「私は、クロエの料理が美味しいと思ったから同じもの作れるようになりたいと思ったんだもん。」
「ですが。」
「ねえ、お願いだよクロエ。料理教えて。」
そう言ってクロエの手を取り、捨てられた子犬のような目で懇願するエドを見て、クロエはなんとなく昔、母と姉と三人で飼っていた飼い犬のことを思い出した。
「・・・解りました。ですが、街に帰ってからにしましょう。ここでは充分な設備も材料も時間もありませんから。」
「うん!絶対だよ。約束だからね。」
そんなエドとクロエのやり取りを少し離れた所で見ている影が二つ。
「・・・あのバカ。何引き受けてんだか。」
「いえいえ、これはこれで面白い展開ではないですか。しかしクロエさんもとんだマゾヒストですね。わざわざ恋敵に塩を送るなんて。逆にエーデルガルド様も中々のサディストですね。ゾクゾクしますよ。ねえ、レオさん。」
「しねえよ。つか、多分エドはクロちゃんの気持ちには気づいてねえだろ。」
「ふむ。やけに自信たっぷりに言い切りますが、何か根拠が?」
「あのおっさんに育てられたんだからそういうとこ鈍感に育ってるんだよ。」
レオはそう言ってヘクトールを一瞥し、ルーもそれに倣ってヘクトールを見た。
二人の視線の先では、ヘクトールに言い寄るメイとそれをそ知らぬ顔で、華麗に回避するヘクトールという。この二日の間にも何度となく繰り返されてきた光景が映った。
「ああなるほど。なんとなく納得です。」
ルーはそう言って笑い、レオは肩をすくめて苦笑した。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一