グランボルカ戦記 2 御前試合
「くっそ、なんでルチアの奴は落ちないんだ・・・なあ、ヘクトール、お前なんでだと思う?」
グランボルカ国立技術学院の学食で昼食を摂っていたヘクトールの前に、自分の食事を載せたトレーを置いてクラスメイトのアンドラーシュがそんなことを言いながら座った。
「・・・」
ヘクトールはアンドラーシュに気づくと昼食を食べる手を止めて迷惑そうに彼を一瞥すると、自分の食事が乗っているトレーを持って立ち上がり、空いている席を探してあたりを見回した。
「お、何何?可愛い子でもいた?」
「お前と一緒にするな。」
あたりに空席が無いことを確認するとヘクトールは観念したようにため息をついて元の席に座る。
「お前って、本当に冗談の通じないやつだよな。」
「冗談だけで生きているお前から見ればそうだろうな。」
「まあ、そう言うなって。堅物のヘクトールにだって好きな子の一人や二人はいるんだろ?なんだったら俺が段取りつけてやるから教えてみろよ。」
「女は好かん。」
「え、お前ってそっち系なの?」
そう言いながら少し身を引くアンドラーシュを見たヘクトールはあわてて否定する。
「そ、そう言うわけではないが、いろいろ面倒じゃないか。だったら俺は一人でいいってことだ。」
「なんだそういう事か・・・でも女なんてその面倒なのがいいんじゃないか。で、誰が気になるんだよ。」
「そんなの居ないと言っているだろう。」
「いやいや、その顔は、本命がいる顔だ。さあ白状しろ。堅物ヘクトールの意中の人はどこの誰だ。ウチか?職工科か?家政科か?それとも医療科か?」
医療科と聞いたヘクトールの眉がピクリと動いたのを見て、アンドラーシュはニヤニヤと嫌な笑いを浮かべてヘクトールに詰め寄った。
「お前のことだから全然見ず知らずの女ってわけじゃないんだろ。となると・・・リィナとか。」
女性との接触を極力避けるようにしているヘクトールの知り合い、しかも医療科となればおのずと相手が絞れてくる。まずアンドラーシュは姉の侍女で同時に姉の同級生でもあるリィナの名前を上げる。
「リィナ?誰だそれは。」
心底心当たりがなさそうに首を傾げるヘクトールを見て、アンドラーシュはリィナの線はないな、と心の中で彼女にバツ印をつける。
「姉さんの侍女だよ。前にちゃんと紹介しただろうが。」
「ん・・・ああ、あの胸の大きい小柄な人か?」
「それはルチアだっつーの。そっちじゃなくて小柄で胸がちっちゃくて、地味で子供みたいな金髪の子。」
本人のいない所で散々な言われようである。
「つか、その様子だとルチアに気があるわけでもなさそうだし・・・まさか姉さんか?」「いや、それは無い。確かにあの人はピーピーとやかましく喚いたり、俺を見て怖がったりもしないから好きではあるが、そういう好きでないことくらい、いくら色恋に疎い俺にだってわかる。」
そう言ってムスっとした表情をするヘクトールの様子を見て、アンドラーシュは安堵のため息を漏らす。
何と言っても姉はこの国の次期皇妃なのだ。そんな相手にヘクトールが横恋慕をしているなどという話になれば、いくら隣国からの特別留学生とはいえ、彼に何らかの危害が加えられるかもしれない。アンドラーシュが何度か会った印象では、皇太子のテオドールはそんなことをする人間ではないが、周りの人間の中には何かとメンツがどうの、伝統がどうのと言う人間もいる。
「じゃあ、医療科の誰だよ。言ってみろって。」
「だから俺は別に医療科だなんて・・・。」
「医療科のことで何か?」
いつの間にかヘクトールの後ろに医療科の講師であるカーラが昼食の乗ったトレーを持って立っていた。
「い、いえ。医療科がどうということではないんです。このヘクトールの想い人がいるんじゃないかって話をしてただけで・・・」
「そう。ならいいのだけれど。ここ、座ってもいいかしら。」
そう言ってカーラがいつの間にか空席になっていたヘクトールの横の席を指した。
「ええ、どう・・・」
「どどどどど、どうぞ。こんなむさくるしい所でよろしければ!」
「ふふ、ありがとう。」
(・・・なんというわかりやすさ・・・。)
アンドラーシュの声を遮って顔を真っ赤にしてカーラに席を薦めるヘクトールを見てアンドラーシュは苦笑いを浮かべた。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一