グランボルカ戦記 2 御前試合
クロエが、空間転移の魔法でグランパレスから連れてきた宰相のカズンと共にアレクシスの執務室のドアをノックしようとしたところで、中からエドとアレクシスの言い争う声が聞こえてきた。
『何で駄目なのさ!』
『駄目なものは駄目だ。危ないだろう!』
「おお、喧嘩か。」
「まあ、よくあることよ。どうせまた些細な事が原因でしょうけど。」
「何だ、喜ばないのか?お前にとっちゃ好都合だろ、皇子とエーデルガルドが不仲になるのは。」
「バカなこと言わないの。まだまだ戦いが続くのに仲間同士で喧嘩していていいことなんかないでしょう。まったく、ルーといい、あんたといい。・・・皇子、クロエです。カズンを連れて参りました。」
軽くノックをしてクロエが扉を開けると、アレクシスとエドは同時に振り返って口を開いた。
「ああ、クロエ、丁度良かった一緒にエドを説得してくれないか。」
「聞いてよクロエ。アレクったらわからず屋で私の話を全然聞いてくれないんだ。」
「はぁ・・・ね?だから二人が喧嘩していていいことなんかないって言ったのよ。」
「・・・なるほど。お前も大変だ。」
肩を落としてつぶやくクロエに対して、カズンは肩をすくめて苦笑した。
「ま、ここは俺に任せな。・・・お二人とも、何が原因でもめているのです?」
「エドが!」
「アレクが!」
同時に口を開く二人にカズンはやれやれと首をふる。
「それでは話が進まないでしょう。ではまず皇子。ご説明願えますか。」
「ああ。エドが自分も御前試合に出るなんて言うから、そんなの危ないから駄目だって言ったんだけど、エドはどうしても出るってきかないんだ。」
「私はアレクが心配しているほど弱くないよ!ねえ、クロエ。」
「え?まあ、確かにそのへんの兵士にやられてケガをするようなことはないと思う・・・けど」
「だよねえ!ほら、クロエが証人だよ。ジュロメの時だって上手くやったし、今回だって大丈夫だって。それに自分がどの程度できるか知っておくのって大事だと思うんだよ。」
「駄目だ。」
珍しく笑っていないアレクシスの表情を見て、カズンは、これは押しても駄目だな。と悟った。
今のように目を閉じて腕を組んだ時のアレクシスは貝が閉じたかのように、人の話を全く聞かなくなってしまうのだ。
「ま、ここは一旦引きましょうか、エーデルガルド様。」
「でも・・・。」
「ここは私めにおまかせを。クロエ、エーデルガルド様をお連れしてくれ。皇子と二人で話をしたい。」
「いいわ、任せる。エド、行きましょう。」
「うん・・・。」
二人が退室した後で、カズンはアレクシスの前に立って口を開いた。
「随分と、姫君にご執心だね。」
「十年も探したからね。」
アレクシスは頬杖をつきながら絶対に説得されないとばかりに不機嫌そうな表情でそう返した。
「君の気持ちはわかるけど、それで彼女に嫌われては意味がないんじゃないか?あまりわからず屋だと、せっかく見つけた愛しの姫君が愛想を尽かしてまた逃げてしまうかもしれないぞ。それどころか、別の男にとられてしまうかも。」
カズンの言葉に、アレクシスはぎくりと身体を震わせてしばらく考えたが、やはり首を振った。
「・・・でも駄目だ。今回は一般参加者も多い。その中に父上の手の者が居ないとも限らないからな。彼女は充分に強いけど、それでもやはり一人にするのは心配なんだよ。今だってそのために、城の外では彼女の側には常に誰かがいるように手配をしているんだ。しかし、全員参加の御前試合の予選。常に誰かが一緒にいてやれるわけではない。」
「ふむ・・・じゃあアレクはエーデルガルド王女の実力自体はあまり心配していないわけだ。」
「そりゃあね。僕も何度か手合わせをしているし、クロエやルーからの報告もある。問題は試合じゃなくて、その待ち時間と、雑踏だよ。とにかく、彼女がエーデルガルドであることがわかってしまう以上は参加させられないな。」
「じゃあ、彼女がエーデルガルドと名乗らず、誰だかわからなければ問題ないわけだ。」
「・・・まあ、それなら。」
「よし、それなら問題ない。当日を楽しみにしておいてくれ。」
そう言って踵を返すカズンをアレクシスが呼び止める。
「ちょっと待てカズン。一体何をする気なんだ?」
「まあ、当日のお楽しみってことで。」
カズンはそう言って不敵に笑うと、執務室を出ていった。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一