グランボルカ戦記 2 御前試合
アミサガンの街のとあるカフェで、中年の男女が談笑をしている。
「しかしまあ。随分とあっさり街に入れたもんだ。ジュロメを落として油断しているのかね。」
アイパッチをした、身なりのいい中年の紳士が自分のコーヒーを口に運びながら笑った。
「それもあるだろうけどね。どちらかと言えば、アレクシス様の性格による所が大きいんじゃないかね。」
紳士の向かいに座ったこちらも中年のふくよかな女性が笑う。
「多分あの方は、何があっても大事なものを守り切る自身があるんだろうさ。実際、搦手無しで正面からぶつかったら、アタシだって相当きついからね。」
「きついと言いながらも、正面から皇室の人間に勝てる自身があるお前はすげえよ。いやぁ、尊敬しちゃうね。」
紳士が大げさに手を叩いて笑う。
「何を白々しいことを言っているんだか。大体アンタの方がアタシより楽に勝てるだろう。」
「勝てることは勝てるが、俺の場合は戦いかた自体が搦手みたいなもんだからな。正直言って俺には、正面切ってあんな化物みたいな皇子と戦おうっていうお前の気が知れないよ。」
「あたしだって別に必ず勝てる自信があるわけじゃないよ。だから、今回は正面切って戦ったりせず様子をみるさ。」
「でもまあ、何かあっても、最悪俺の魔法を使えば逃げ切れないことはないんだけどな。」
そう言ってクックックと紳士が笑う。その笑い方に思うところがあるのか、女性が紳士を軽く睨む
「自信があるのは結構だけど、あたしを巻き込むのはやめとくれよ。特に、痴漢なんてしょうもないことに巻き込むのだけはぜったいにやめとくれ。」
「そう目くじらを立てるなよ。ちょっと時間を止めてウェイトレスの姉ちゃんの尻を撫でただけだろ。」
「ふん。いくつになってもアンタはやることが変わらないね。進歩のない男だよ。」
「だからそう怒るなっての。男なんていくつになってもこんなもんよ。」
「いいや。少なくともテオ様は違うね。あの方は若い時分からそういうことには興味のない方だった。」
女性の言葉を聞いて、紳士は一瞬だけきょとんとした顔をして、その後豪快に笑い出した。
「あはははは、お前があいつを神聖化するのは勝手だけどさ。そういうの、あいつだって迷惑だと思うぜ。若い頃はあいつと二人で、お前らの知らない所で結構そういう話をしていたしな。エリザベスの尻がそそるとか、カーラの胸はどんな衝撃も吸収するに違いないとかな。あーあ。カーラに会いたいなあ。つか、あの胸は土下座してでも触っておくべきだったと後悔している。」
「あんた・・・妻子がいながらなんてこと言っているんだい。」
「それはそれ、これはこれだ。俺は天地神明に誓ってリィナを愛しているが、それは置いておいて単純な知的好奇心として、あれはちゃんと触っておくべきだったと思っているんだ。・・・考えれば考えるほどあのサイズはもう出ないよなあと思うんだ・・・。」
「はぁ・・・。あんた、そんな事ばっかり言ってると、妻子が泣くよ。」
「いやいや。うちの息子はきっとわかってくれるって。あいつ、俺に似てスケベだし。」
「・・・あの子もこんな父親を持って可哀想にねぇ。」
そう言いながら、女性は彼の妻子のことを思い、深いため息をついた。
と、その時、遠くから二人の名を呼びながら駆け寄ってくる若い青年が一人。
「エリザベスさん、ランドールさん!」
「おう、帰ってきたな。で、首尾はどうだった?」
尋ねるランドールに、青年は親指を立てて答える。
「ばっちりです。城のメイドの身体に憑依して探ってきたんですけど、なんでも今日は客が来ているとかで今晩、リュリュ皇女もエーデルガルドも含めて食堂に集まって食事をしているらしいです。あとですね。今度御前試合があって、その御前試合で優秀な成績を残せば、取り立ててもらえるらしいですよ。多分チャンスはその二回だろうと思うんですけど、どうしましょうか。」
「食事会に、御前試合か。今日行ってもいいけど、アレクシス様の目の前で、二人を拐うというのは、中々に骨が折れそうだし。あたしら向きなのは御前試合の方かねえ。なにはともあれ、最初の仕事にしちゃあ上出来だよシャノン。よしよし、じゃあ上手にできたご褒美にあたしが何かごちそうしてあげようかね。コーヒーと紅茶。どっちがいい?そうだ、ケーキも食べるかい?」
「あ、いえ。僕はそういうのはちょっと・・・。」
シャノンはそう言って申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あ・・・そういえばそうだったね。すっかり忘れていたよ。」
「・・・今日は無理ですけど、そのうちごちそうになりたいです。きっとそのうちそういう物も食べられるような身体になれると思いますし。その時に奢ってもらってもいいですか?」
「ああ。その時はおごりだけじゃなく、あたしの料理もたらふく食べさせてやるからね。」
「はいっ。楽しみにしています。」
シャノンは、そう言って20代半ばの青年にしては幼い、無邪気な笑みを浮かべた。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一