グランボルカ戦記 2 御前試合
「・・・どうしてそうなった?」
ジゼルからエド捜索という面倒な仕事を押し付けられたものの、サボって市場で買い食いしていたレオは、後ろから声を掛けられ、振り返った瞬間そう言って首をかしげた。
「そうなったって・・・何が?」
レオの問いかけの意味がわからず、アレクシスが聞き返す。
「いや・・・まあ、二人がいいなら、別にいいんだけどよ。」
アレクシスの質問には答えず、レオがアレクシスの両脇に居る女性を見た。
一人は見るからに不機嫌そうな顔をしたエド。
もう一人は、申し訳なさそうな、いたたまれないさそうな表情でいるキャシーだった。
「大丈夫かキャシー。何か顔色悪いけど。」
「あ・・・うん。大丈夫。なんて言うか、ちょっと気疲れしちゃって。」
「何?それはいけないな。どこかで休憩でも・・・。」
言いかけるアレクシスを制して、レオがキャシーの手を引いた。
「ああ、いいって。俺が連れていって休ませるからさ。皇子はお姫様のエスコートをしてやんなって。」
「いやしかし、僕が連れ回したのが原因なのだし・・・。」
「いいから早く行けって。お姫様が痺れを切らしてんだろ。」
らしくなくエドの頬が膨れているのを見てレオがアレクシスを急かした。
こうなった時のエドは面倒臭い。ソフィアと同じくらい面倒くさい。レオは経験でそう知っていたからだ。
「いや、しかしレオ・・・」
「いいから行けっつってんだろ!」
今度はレオのほうが痺れを切らしてアレクシスに蹴りを入れた。
アレクシスは蹴りを入れられて、しぶしぶといった様子でエドを連れて街に消えていった。
「だ、大丈夫なの?アレクシス皇子を蹴ったりして。後で叱られるんじゃ・・・。」
「ああ、大丈夫大丈夫。こういう友達ごっこみたいの、あいつはむしろ喜ぶからさ。」
「・・・レオって、一体何者なの?」
「聞かないほうがいいんじゃないか?とある国の王子様。なんて言ったら、また胃が痛くなるだろ。」
「そうなの?」
「違うけど。」
「なんだ・・・。」
「お、今ちょっとがっかりした?もしかして俺に興味ある?」
「ううん、全然。」
「そっか。ちょっと残念だな。」
そう言ってレオは大して残念そうでもなく笑う。
「で、いったいどうして三人で一緒にいたんだよ。わざわざ胃の痛い思いまでしてさ。」
「うん・・・わたしね、戦勝会の日に、皇子に頼まれ事をしていたの。ある女の子に・・・まあリュリュ皇女なんだけど。医術を教えてやってほしいって。」
「そうなのか。じゃあ、今日はその頼みを聞いた事へのお礼のデートか何かだったってことか?」
「ううん。授業に必要な教材を一緒に買いに行っただけよ。それでその途中でエドとシエルと合流したんだけどね。こっちの買い物は終わっていたし、二人のじゃまをするのも悪いかなと思ったんだけど、ちょっとシエルと二人きりになりたくなくて。とりあえずシエルには嘘の用事を言ってお城に帰したの。」
「・・・なかなかにひどい話だな、それ。」
「だってシエルって気持ち悪いんだもの。で、その後少しして、わたしが帰ろうとしたら皇子が引き止めるのよ。それで、まあそれならそれでと思って、二人の邪魔をしないように黙っていると、皇子が気を使って話を振ってくるの。もうそれでエドの機嫌は悪くなるし、わたしの胃は痛くなるし・・・。」
キャシーはそう言って胃のあたりを押さえて肩を落とす。
「何か頭の中に画が浮かぶな。じゃあ、ま。どっかそのへんの店でお茶でもして一休みして帰ろうぜ。」
「あ、それいいわね。もちろんそれってレオの・・・」
言いかけた所で、キャシーの目に、フラフラとした足取りで歩く少女の姿が飛び込んできた。
少女はそのまましばらく歩くと、建物の壁に寄りかかるようにしてずるずると座り込んでしまった。
「大丈夫?」
キャシーは少女に駆け寄ると、しゃがみ込んで顔を覗き込んだ。少女の顔からは血の気が引いていて、覇気が感じられない。
「・・・ん・・・い・・・た」
「どこか痛いの?大丈夫?」
「おなか・・・すいた・・・。」
少女は顔を上げてそれだけ言うとがっくりと項垂れてしまった。
「どこのエドだよ・・・。」
少女の様子を見て、キャシーはほっと胸を撫で下ろし、レオは一つため息をついた。
「よく食うなあ・・・。」
少女の食べっぷりに圧倒されながらレオがつぶやく。
「でも本当にお腹空いていただけだったみたいね。よかった。」
「俺の財布的には良くないけどな・・・。」
今現在少女の目の前に積まれている大量の皿を見ながら、自分の財布の中身を思って、レオはため息をついた。
「で、名前は?」
「わたしはね、ジュネって言うんだよ。」
食べる速度を全く緩めずに、口を動かしながら器用に少女が名乗る。
「妹と一緒に街にきたんだけど途中ではぐれちゃって。しかも妹がお財布を持ってるからお腹すいても何も買えないし。本当に困っていたんだよ。・・・あ、そうだ。おにーさん、食事をごちそうしてもらってありがとうございました。」
ジュネはそこで初めて食事の手を止めてレオに向かって深々と頭を下げた。
「おう。お兄さんはお礼言える子好きだぞ。」
「す・・・き?お兄さん、ロリコンなの?ジュネまだ十三歳くらいだよ。」
「そういう好きじゃねえ!つか、なんだよ十三歳くらいって。」
「くらいは、くらいだよ。」
「いや、はっきりした年齢を教えてくれよ。」
はっきり答えないジュネに、レオが聞くが、ジュネは薄ら笑いを浮かべながら首を振った。
「レディーにそれを聞くような男は野暮だってお姉ちゃんが言ってた。」
「ああもう、面倒くせえ。キャシーよろしく。」
「ジュネちゃんは、この街に何しにきたのかな?親戚のお家とか、知っているお家とかあるの?」
「おうちは無いけど、この街にお姉ちゃんがいるはずなの。でも、お姉ちゃんからあずかってきたお姉ちゃんへの手紙もジュラが持ってるからジュラを探さないと。・・・ご飯美味しかったです。ごちそうさまでした。」
ジュネはそう言って立ち上がると、店を出ていこうとしたが、その襟首をレオがすかさず捕まえた。
「ちょっと待て。何のあてもなく、この広い街で人探しなんかできるわけねえだろ。俺達も付き合ってやるから一緒に行こうぜ。」
レオの言葉にジュネはびっくりしたような表情を浮かべた。
「おにーさんからそんな言葉が出るとは驚きです。とてもそんな良い人に見えないのに。」
「俺にごちそうになった人間の言う台詞か!」
「あのね、ジュネちゃん。こう見えてレオは案外いい人だから、そんなこと言わないであげて。」
「おねーさんがそう言うならそうなのかもしれません。わかりました。信用します。」
「案外って、キャシーお前・・・まあ、いいや。で、その妹・・・ジュラだっけ?どんな子なんだ?」
レオの質問に、ジュネは少し考えるような仕草をした後に答えた。
「ジュネとはあんまり似てないかな。でもジュネと同じように利発そうなお子さんですよ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
見つからないかもしれないな。
レオとキャシーは視線で会話して、肩を落とした。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一