グランボルカ戦記 2 御前試合
城を逃げ出したエドは、お城のメイド用の衣装を着ていたせいもあって、すぐに追っ手に見つかってしまった。
ただ、彼女にとって救いだったのは、彼女を見つけた追っ手が、ジゼル配下の人間ではなく、騒ぎを聞きつけて、自主的に探しに来てくれたリシエールの騎士だったという事だ。
「ありがとうシエル。着替えまで持ってきてもらっちゃってごめんね。」
彼、シエルが持ってきてくれた男装風の着替えを広げて、エドがお礼と謝罪をした。
「まったく。ありがとうではありません。護衛も付けずに街に飛び出したと聞いたときは肝を冷やしたんですからね。」
路地裏で着替えているエドの姿が通りから見えないように、エドに背を向けて、目隠しのように立ちながら、若い黒髪の青年騎士がエドに小言を言った。
「でも、シエル。元々はジゼルが私の嫌がることを強要するからこんなことになったんだよ。」
「エーデルガルド様が嫌がることを無理やり?それは許せません!・・・なんて、爺さん方なら言うかもしれないけどな。俺には通じないぞ、エド。」
シエルの口調が友人のような口調に変わったが、エドは特にそれを咎めるようなことはしないで、一つため息をついた後で口を開いた。
「ちぇっ。シエル相手にはやっぱり通じないか。あーあ。連れ戻されてダンスのレッスンか。やだなあ。」
シエルのほうも、エドが注意しないことに恐縮するでもなく、増長するでもなく言葉をつづける。
「俺は別にジゼル姫に雇われているわけじゃないから、エドを無理連れて帰るようなことはしないぞ。それどころか、雇い主であるエドが望むのならば、このまま一緒にランチに行ったっていい。」
そう言って振り返ると、シエルは懐から小さな髪染めの魔法瓶を取り出して、エドに投げ渡した。
「まだ、振り返っていいって言っていないんだけど。」
ビンを受け取ったエドはそう言って、シエルをにらむが、シエルはその視線を全く気にも留めずに肩をすくめて笑う。
「でも着替えは終わっているだろ。」
「それでも女の子にはいろいろあるの。」
「は。女?エドが女。こりゃあ良い。」
そう言ってシエルは両腕をひろげて、エドに対して、小馬鹿にしたような表情とジェスチャーを向けた
「そういう事は、キャシーみたいに立派に化粧ができるようになって少しでも色気が出てからいうもんだぜ。」
「もう!シエルはそうやっていつも私の事をバカにする!」
「別にバカになんてしていないさ。でも、色気もない。化粧もできない、料理もできないなんてなると、アレクシス皇子もがっかりして愛想をつかすんじゃないかと心配でね。まあ、兄心ってとこかな。」
リシエール王国が滅亡した時に、近衛騎士団最年少だったシエルは、ヘクトールと共にエドとユリウスを守って、ヘクトールの故郷であるルーナ村へと落ち延び、エドたちと共に育った。その為エドやユリウスにとってシエルは既に臣下の者というよりは兄のような存在であり、逆にシエルにとってエドやユリウスは主君というよりは妹や弟といった存在だった。
ルーナ村で自警団の団長をしていたはずの彼が、グランボルカ各地に散っていたリシエールの騎士の残党をまとめてエドたちの前に現れたのは、連合軍がアミサガンを包囲する直前だった。最初エドは千人を超える軍団を養うことはできないと、彼らをリシエール騎士団として迎え入れるのではなく、各軍団への編入を提案した。しかしシエルはリシエール出身の商人の出資や王国を脱出する際に持ち出した金品で十分運用ができることを示し、エドの首を縦に振らせた。剣の腕もヘクトールに匹敵し、各所への根回しもできる。そんな仕事のできる男であるシエルであったが、もちろん欠点もある。
「わ、私だって最近は化粧くらいするもん。」
「キャシーにしてもらっている。の間違いだろ。キャシーがぼやいていたぞ、『身だしなみに気を遣うようになったのはいいけど、自分で覚えてくれなくて大変だ』ってさ。」
「う・・・」
シエル同様ルーナ村で一緒に育ったキャシーの、まさかの本音にエドは言葉を詰まらせた。
「そ、そうは言うけどさ。別にキャシーは私のことだけボヤいているわけじゃないもん。シエルのことだってボヤいてたよ。」
「はっはっは。エド、『シエルが素敵』とか、『シエルと結婚したい』とかっていうのはボヤきって言わないんだぞ、それは惚気というんだ。」
「『シエルが気持ち悪い』とか『シエルに早くいい人ができないかしら。』とか『真面目な話、村に帰ってくれないかしら』って言ってたよ。」
「はっは・・・ウソだろ?」
「いや、本当に。キャシーの事が好きなのはかまわないけど、付け回したり偶然を装って先回りしたりしたらダメだよ。さすがにフォローのしようがないし。」
「あれはキャシーが危ない目にあわないか心配で見守っていたのと、危険がありそうなところへ先回りして危険を排除していただけだぞ。別にやましい気持ちがあったわけじゃない。」
「まるっきりストーカーだよ!」
「ストーカーじゃない!・・・そうだな。守護(ガー)騎士(ディアン)とでも呼んでほしいな。」
「はいはい。変態(ガー)騎士(ディアン)ね。」
「何か言い方が引っかかるんだが。お前今、心の中で何か思わなかったか?」
「気にしない、気にしない。それで、どこに遊びに連れて行ってくれるの?」
そう言って魔法薬で髪色を黒く染め終わったエドが空になったビンをシエルに投げ渡す。
「そうだな・・・そろそろ昼時だし、どこかに飯でも食いに行くか。」
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一