グランボルカ戦記 2 御前試合
ユリウスが半泣きで廊下を歩いていると、角を曲がってきたアリスとぶつかった。
「申し訳ございませんユリウス様。とんだ失礼を・・・って、そんなに痛かったですか?」
アリスは、目を赤くして涙ぐんでいるユリウスを見て驚きの声を上げた。
「あ・・・いえ。これは・・その。」
「それに、今は確か会食中のはずでは?」
慌てて袖で顔を拭うユリウスを助け起こしながらアリスが尋ねる。
「何かありましたか?」
「・・・・・・。」
「私でよろしければお話を聞きますよ。」
「・・・笑いませんか?」
少し迷った後で、ユリウスが口を開くと、アリスはにっこりと笑って頷く。
「もちろんですよ。ですがこんなところで立ち話と言うのもなんですね。よろしければ私の部屋へいらっしゃいますか?」
「え?で、ですが、その・・・女性の部屋へ夜分に伺うというのは・・・姉さんにバレたら叱られますし。」
真っ赤になってしどろもどろになるユリウスの様子を見たアリスがくすくすと笑った。
「夜分と言ってもまだ宵の口ではありませんか。たいしたおもてなしはできませんが、ユリウス様さえよろしければ是非。それとも、エーデルガルド様がそんなに怖いですか?」
「そんなこと!・・・じゃ、じゃあお邪魔・・・します。」
アリスの部屋へとやってきたユリウスは勧められた長椅子へと腰をかけて話を始めた。
ユリウスの話をすべて聞き終わったあとでアリスは笑うでもなく、変な気を使うでもなく「可哀想なユリウス様・・・。」と一言つぶやいた。
「・・・笑わないんですか?」
「笑いませんよ。何もおかしいことなんて無いじゃないですか。ユリウス様が好きになった相手がたまたま年上のカーラさんだったというだけでしょう。それなのに、そんなユリウス様の真剣な気持ちを笑うなんて、私にはそんなことできません。」
「アリスさん・・・。」
「人を好きになるのって理屈じゃありませんもの。・・・実はこれはクロエにも言ったことがないんですけど、私も以前、結構年上の男性を好きになったことがあるんです。ですから、少しだけですけど、ユリウス様のお気持ちも理解できます。」
そう言ってアリスが少し悲しそうな笑顔で笑ったところで、部屋のドアをメイドがノックした。
アリスは立ち上がり、ドアを開けると、お茶の入ったポットを受け取って、今まで座っていた対面の長椅子ではなく、ユリウスの隣に腰をかけた。
「と・・・あ、アリスさん?」
「このほうが給仕がしやすいですから。さあユリウス様。このお茶は私のお気に入りなんです。冷めないうちに是非飲んでみてください。リラックスができて元気が出る味なんですよ。」
ユリウスはアリスに勧められるままカップを手に取り、紅茶を口に運ぶ。すると、はちみつの仄かな香りが鼻腔をくすぐった。
「面白い味ですね。甘くないし、これって、別にはちみつを入れたわけではないんですよね。」
「わかりますか。おっしゃるとおり特殊な製法でそういう香りがするようになっているんです。以前この街に滞在していた時に見つけたんですけど他の街では売っていないんですよ。この街は他国との貿易が盛んだから、グランパレスにないようなものも沢山あって面白いんです。」
自分のお気に入りのお茶をユリウスが気に入ったらしいのを見て、アリスが上機嫌で説明をする。
「でも、クロエはこういう変わったものが好きではないのであまり付き合ってくれないし、美味しいと言ってくれたオリガもリュリュ様も最近は忙しい忙しいとあまりかまってくれないものですから、少しさみしかったんです。でもユリウス様が違いの分かる方でよかった。もしよろしければこれからもお茶に付き合っていただけると嬉しいのですけれど」
身体を寄せて、上目遣いに懇願するアリスの表情にドギマギしながらユリウスが真っ赤になって答える。
「僕なんかでよければ。」
「私は、ユリウス様がいいんです。」
「え・・・いや。その。あの。でも僕は話が長くてつまらないと言われますし。」
「誰ですか、そんな教養のなさそうな事を言う人は。ユリウス様のお話は、とても興味深くてためになるいお話ばかりですよ。」
僕の姉ですとも言えず、ユリウスはなんとなくいたたまれない気持ちになった。
「そ、それに、その・・・僕は、人付き合いが下手ですから、アリスさんを不快にさせてしまうこともあるでしょうし。」
「・・・私のことがお嫌いですか?」
そう言いながらアリスはますますユリウスに身体を寄せてくる。
「け、決してそんな。そういうことではなくて・・・。」
先ほどのはちみつ紅茶の仄かな香りが、再びユリウスの鼻腔をくすぐる。
しかし、その香りの元は、カップではなく、すぐ側に迫ったアリスの顔だった。
「あ・・・アリスさん?」
「大丈夫。楽にしていて。」
両手で包まれるように頭を掴まれ、ユリウスは強引にアリスの目を見させられる。
そして、ユリウスはアリスのまぶたゆっくりとが降りるのにあわせて、自分のまぶたを閉じた。
作品名:グランボルカ戦記 2 御前試合 作家名:七ケ島 鏡一