小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

キラーマシンガール 後編

INDEX|8ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 それから三日。初仕事の日はあっという間にやって来た。もう日が落ちるかという時間になった頃、操が病室に現れた。
 「はい、これ。サイズは合ってるはずだから」
 操は手に提げた紙袋を二つ突き出した。受け取って中を覗いてみると、黒のスラックスとスーツ、白いワイシャツと黒い靴下と革靴がそれぞれ入っていた。
 「仕事の時にはスーツを着るのが昔からの礼儀なのよ。この世界ではね」
 「礼儀……。あまり動き易い服装には見えませんが」
 「確かに守ってない人も大勢いるわね。でもこれから先これを着て仕事をすることは多いと思うわ。今の内から慣れておきなさい」
 紙袋からスーツを出してみる。皺一つなく、手入れがよく行き届いていた。しかし、裏側をよく見てみると目立たないところにミシンの跡が幾つも残っている。
 「なんかこのスーツ、繕った跡がたくさんありますね。誰かの使い古しですか?」
 「仕方ないでしょ、新品のストックがなかったんだから。サイズはぴったり合ってるはずだからそれだけでも感謝しなさい」
 「はい……」
 「さ、外で白雪が待ってるわ。急ぎなさい。私は自分の持ち場に戻るわ。そこからあなた達に命令を出すから。インカムを白雪に持たせたから受け取っておいて」
 操が部屋から出ていき、僕は準備を始めた。操さんが用意したそのスーツは驚くほど僕の体に馴染んだ。まるで自分のために作られたもののようだった。窓ガラスに映った自分の姿を確認し部屋から出る。扉を開けるとスーツ姿の白雪が窓に寄りかかって空を眺めていた。
 「ごめん、待たせちゃって」
 「いえいえ。まだいくらか余裕がありますから」
 「空を見てたのか?」
 「はい。今日は雲が少なくて星がよく見えるから」
 僕も彼女に倣って同じように空を見上げてみた。確かにきれいな星空だ。こんな風にゆっくり空を見ることなんて何年も無かったかもしれない。僕たちはしばらくの間、何も言葉を交わさず、空を見つめていた。
 「唯史さん、表情が固いですよ。やっぱり緊張とかしてます?」
 「ん、そうかな。自分ではあんまり意識してなかったけど。やっぱりちょっとくらいはしてるのかも」
 僕が自分の顔をぺたぺた触っているのを見て白雪は「問題はなさそうですね」と笑みをこぼした。
 「普通はもっと緊張するものなのに。私が初仕事の時なんか怖くて怖くて、前日の夜なんて泣き明かしたんですから」
 「それっていつの話?」
 「十歳の誕生日を迎えた直後くらいですかね」
 「ベテランだな。それなら今日の仕事は問題なく済みそうだ」
 「問題……。唯史さんは私が時折……その、暴走することがあるって話は、もう聞いてるんですよね?」
 「うん。三日前くらいかな、操さんから聞いたよ」
 「……唯史さんそんな素振り全く見せなかったじゃないですか」
 「白雪が白雪じゃなくなるってわけでもない。今までと何も変わりないじゃないか」
 「変わりますよ!おかしい子です。普通じゃないし、危ないです。だから隠してたのに……」
 「白雪……」
 「……どうしようもないんです。突然身体のコントロールが利かなくなって、そうしたら全部壊すまで止まらなくなっちゃう。でも私知ってるんです。本当は私それを一番心から望んでて、だからこんなことになるんだって」
 窓のさんに置かれていた僕の掌の上に白雪の掌が重ねれらる。小さな手。こんな僕とさほど歳の変わらない普通の女の子が、どうしてこんなことに。一体どれほど辛い思いをしてきたんだろう。僕には想像することしかできなかった。
 「でも唯史さんだけは別なんです。唯史さんは誰かが用意したものじゃくて、本物だから。絶対壊したくないんです」
 「……白雪が守ってくれるんなら安心だな」
 「当たり前です。ベテランなんですよ私は。実は凄く頼りになるんだってとこ見せてやります」
 拳を握りしめて小さくガッツポーズを作る。いつもの白雪だった。
 「行きますか。唯史さんは始めてだし、ちょっと早いくらいが丁度いいでしょ」
 「ああ」
 僕は白雪の後ろについて歩いて、外へと向かった。一階の玄関には大きめの靴箱が並んでいて、事故当時僕が履いていた靴もその中の一つにしまってあった。外の空気は澄んでいて、風の感触が懐かしかった。
 「外に出るのは久しぶりですよね?」
 「だな。今度は日が出てる時間帯がいいな」
 「しばらくして落ち着いたら外出の許可もでますよ。わっ」
 白雪が突然左耳を押さえて飛び上がった。
 「どうした?」
 「操さんから連絡です。これ唯史さんの。渡すの忘れてました」
 インカムを受け取り耳に装着する。
 『二人とも、聞こえるわね』
 「はい」「はい、聞こえます」
 『今日の流れをもう一度確認するわ。目的の研究所までは徒歩で向かう。到着したら通気口からダクトと通って侵入。その後一番奥の資料室まで進み、中に入って資料を廃棄。大丈夫ね』
 「はい」
 『邪魔なものがいたら速やかに排除して。いいわね?』
 「わかりました」
 排除……やはり場合によっては戦うこともあるってことか。
 『よし、それじゃ始めてちょうだい』
 「唯史さん、行きましょう」
 「おう」
 白雪と僕は静かに歩き出した。
 『唯史』
 インカム越しに操が呼びかける声が聞こえる。
 「はい」
 『意外と落ち着いてるみたいね』
 「いえ、とてつもなく緊張してます」
 「結構結構」と操さんが可笑しそうに言った。いつものあの意地の悪い笑みを浮かべているのは見なくてもわかる。
 『あなたは知らないかもしれないけどね、白雪って物凄く優秀なのよ。今日は現場に慣れるのが目的なんだから、肩の力抜いていきなさい。失敗するほど役目も与えられていないんだし、白雪の後ろについていればすぐ終わるわよ。』
 「……がんばります」
 『あと、万が一の話だけど。もし白雪が危ない状態になった場合は、自分の身を守ること最優先して逃げなさい。それだけは約束してね』
 僕は白雪の背中を見つめた。彼女は依然変わらない様子で歩き続けている。
 『安心なさい。この会話は白雪には聞こえていないから』
 「……もしそうなったら、白雪はどうなるんですか」
 『落ち着くのを待ってから私達のほうで回収に向かうことになるでしょう。まぁ万が一の話だから。気にすることはないわ』
 人気の無い静かな通りを僕たちは黙々と、延々と歩いた。一時間近く経過して、白雪が突然立ち止まった。
 「この建物ですね。通気口から入ることができるようになってます。ダクトを通って目的の資料がある部屋へ向かいます」
 「わかった」
 狭いダクトの中を白雪に続いて進んでいく。何度か別れ道に差し掛かったが白雪は迷うことなく進んでいく。しばらく経ち、白雪が動きを止めた。
 「ここからはダクトを出て進んでいかなければなりません。静かに進んでいきましょう」
 僕は頷き、ダクトから出た。廊下は窓一つなく、真っ白な壁が照明に照らされている。
 心臓の音が響いている。白く眩しい壁から圧迫感を感じる。静かな廊下に響く足音。僕と白雪と……もう一人?
 「誰か来ますね」