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キラーマシンガール 後編

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 その後の操の話をまとめると、「なるべく白雪の傍にいるようにして、彼女と沢山コミュニケーションを取ること」といった内容で、部屋にやってきた白雪と話す以外にやることのない今の僕には特に意識しなくともできそうなことだった。
 操との話が終わってから病室に戻り、僕は何もすることなくただ呆然と窓の外を見つめていた。気づけば日も落ち部屋の中はすっかり暗くなってしまっていた。
 「よう、ヒーロー」
 いつの間にか誰かが病室の扉を開けて入ってきていたらしい。僕は目を凝らして声の主の正体を探った。
 「あなたは……」
 「直接話すのは初めてだったな。朝倉融だ。融でいいよ」
 男は手探りでスイッチを見つけ、部屋の電気をつけた。声の主はえらく細身な長身の男だった。見覚えがある。僕が最初に目を覚ました時、操を呼びに部屋に現れた男だ。
 「ブラックは苦手か?」
 「いえ」
 それならよかった、と融が僕に缶コーヒーを放った。
 「体の調子はどうだ?」
 「事故以前と全く変わりないように感じます。少し怖いくらいです」
 「そうかそうか。それじゃ体は問題なく動かせるんだな」
 「はい」
 「大変だな、急にこんなことになって。俺もお前と同じ表の出身だから、辛さはよくわかるよ」
 表、とは今まで僕が暮らしていた普通の社会のことだろう。
 「自分で理解できない、コントロールできない部分がたくさんあるってのは不安だよな。自分の知らないところでことが進んでて、気が付いたら後戻りできないところまで来てしまっている。これから先そんなことばかりになると思う」
 融は窓際まで歩き寄り、窓を開けてため息をついた。
 「だからこそ、自分で決めれる部分は自分で決めて欲しい。よく考えて後悔のないように。機会を逃したら手に入らなくなる物って意外と多いからさ。とまぁ、お前と同じ境遇にあった者としてこれだけは言っておきたかったんだ」
 「……ありがとうございます」
 どうやら悪い人ではないようだった。
 「それでさっき操から聞いたんだ。お前が白雪を守りたい、そう言ったって」
 「はい。確かに言いました」
 「それを耳にして俺はすぐさまこの部屋に向かった。それなら俺にもできることがあるってな」
 融の髪が窓から流れ込む風にさらされて泳ぐようになびいていた。
 「俺はこの組織の戦闘員で、戦う以外に能のない男だ。だから、もしお前が希望するなら戦闘での身のこなし方を教えてやりたいと思っている」
 「戦い方……ですか?」
 「そうだ。白雪の傍にいれば誰かと戦わなければならない時は必ず来る。戦闘スキルの習得は必須なんだ」
 「願ってもない。ぜひお願いします」
 ありがたい申し出だった。白雪を守る、傍にいると決めたからにはできることは何でもしておきたい。僕はこの環境に少しでも早く慣れておかなければならないのだ。
 「なるべく早く戦力として数えられるレベルになることを期待してるよ。今の状態の白雪を一人で出歩かせるのは危険すぎる。お前が傍にいてくれれば暴走のリスクは大幅に下げることができるんだ」
 「ということは、融さんは知ってるんですね?……白雪の身体のこと」
 「ああ、知っている」
 「……この世界では、ああいう人を人と思わないような研究は当たり前のことなんですか?」
 「そうだな。よくある事ではある。だが、白雪の境遇はその中でもかなり酷い部類に入るだろう」
 「酷すぎますよ……酷すぎます。研究、実験ってまるで白雪のことを人として扱っていないみたいです」
 「……そうだな」
 融はしばしの沈黙の後そう答えた。窓の外、ちらほらと星が現れ始めた赤い夕暮れの空を見上げていた。僕の位置からでは彼の表情を伺い知ることはできなかった。
 「白雪本人は、このことについて何も知らないんですか」
 「自分が時折我を失って暴れてしまうことは分かっているはずだ。四六時中頭の中まで監視されているということまでは知らないと思うが」
 「こんなの人にやっていいことじゃないです。白雪が奴隷だったとしても。なぜ誰も止めないんですか」
 「お前とは少し価値観が違うんだよ、ここにいる人間は。逆に言えば普通の価値観を持っているような奴はここには居られない。すぐに出ていく。表舞台じゃ許されないような狂った研究をやりたい奴らが集まってこの組織はできているんだよ」
 「…………」
 これだけ息巻いて操や融に食って掛かっても、僕は子供で、守られる側であることに変わりはなく。白雪のことに関しても結局現状維持以上のことはできないようだった。
 「でもさ……お前は凄い奴だと思うよ。こんな状況に置かれながら、自分のやることを自分で決めて前に進もうとしている。誰にでも出来ることじゃない」
 「そんなことないです。こうしたいって、理想を掲げただけですよ」
 「最初の一歩を踏み出すってことはこれから先ずっと歩き続けるということを覚悟するってことだ。最も重要な物だよそれは。力そのものより、ずっと尊いものだ。だから俺や操はお前に期待してる」
 「買いかぶり過ぎですよ」
 「どうかな。少なくとも、白雪はお前のことを信じてる。やっと見つけた幸せだって、神様は私を見捨ててなかったんだって、心の底から喜んでる」
 あいつはずっと一人だったから。融はポツリとそう付け加えた。悲しげな顔をしている彼を見て僕は沸々と感情が熱を帯びていくのを感じた。
 「そんな顔をしてそんなことを言えるなら、融さんはどうして白雪の味方になってあげようと思わなかったんですか……?」
 「俺は、操の味方だからだ。どんな時もあいつを否定しない、傍にいる。そう決めたからだ。お前が白雪の味方になることを決めたようにな」
 何も言い返すことができなかった。この人は僕とよく似た考えを持った人かもしれない。僕はそう思った。
「がんばれよ。俺はお前のこと応援してるから」
 僕はこの人のことを嫌いになれそうになかった。残念だけど。