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キラーマシンガール 後編

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 僕の腿の付け根に片方の手を添える。足首を掴んだ手に力が篭もる。痛みを発する体が危険だ、危険だ、と悲鳴を上げる。
 「待テ」
 低く濁った機械の駆動音のような音が聞こえた。それはどうやら白雪の口から発せられたもののようで、彼女の声のようだった。男も異変を感じ取り、白雪の方に視線を向けた。白雪は緩慢な動作でゆらりと立ち上がる。垂れ下がった髪が邪魔で表情は確認することができない。
 「動くなよ。動いたらこいつを殺す」
 男の指が僕の首を優しく掴む。しかし白雪はその忠告も意に介さず、右足を大きく一歩踏み出した。ぴくりと指に力が篭もり爪先が肌に食い込む。次の瞬間、そしてその足を蹴り僕達の方へと低く鋭い軌道のジャンプで突っ込んできた。男もこの動きには意表を付かれたようで、僕の首から手を離して腰を落とし、迎撃の態勢を取った。白雪はフェイントも何も無く、こぶしを振りかぶり愚直に飛びこんでいく。しかしあっさりと蹴り飛ばされた先ほどとは一つ、違いがあった。
 異様に速かったのだ。
 避けるのは不可能と判断したのか、男は白雪の拳を両手を交差させて受け止めた。すぐさま後ろに飛び退く。
 「いったぁー。なんなんだよこれ?リミッター解除?バーサーカー状態ってやつ?」
 白雪の拳を直接受けた男の右腕はおかしな方向に折れ曲がっていた。
 「ガァァァッァァ」
 間違いない。……暴走だ。白雪はコントロール不能の狂戦士になってしまったんだ。
 白雪は間髪いれず次の攻撃に移る。荒々しく無駄の多い動きだが、やはりさっきとは段違いの速さだ。間断なく攻撃を重ねていき男を追い詰めていく。男はそれを紙一重の所でかわし続ける。
 「とりゃ」
 男が白雪の攻撃と攻撃の間をついて、腹部に向けて前蹴りをくらわせた。白雪の体はごろごろと後ろ向きに転がり、再び紙の山の中へ突っ込んでいった。
 「白雪!」
 「ちょっと調子に乗りすぎちゃった。僕は退散するよ。縁があったらまた会おう。それじゃ!」
 そう言って男は部屋からさっさと出ていってしまった。
 白雪の様子は相変わらずおかしく、
 「白雪、白雪?」
 「ハァ……ハァ、ハァ」
 何度呼びかけても反応は戻ってこない。荒い呼吸音が紙の山の中からを聞こえる。どうすればいい。僕は何をすればいい。
 『唯史……唯史……!』
 その時、物凄く小さな声が僕の名前を呼んでいるのが聞こえた。耳を澄ませて辺りを見回すと、足元にインカムが落ちていた。何かの拍子に白雪がつけていたものが外れたのだろう。僕はそれを拾い上げた。
 「操さん!」
 『唯史!無事だったのね!』
 「操さん白雪が。暴走、暴走して」
 『状況は把握しているわ。さっき言った通りよ。唯史は白雪に構わず逃げなさい』
 「でも!」
 『今のあなたに何ができるっていうの。無理しないで逃げなさい』
 「でも、そしたら白雪はどうなるんですか」
 『普段通りなら、これから数時間の間、十数分の暴走と数分間の休息を何回か繰り返すはずよ。落ち着いたら回収に向かうことにする。融をそっちに向かわせたから後は彼に任せなさい』
 「こんな敵の陣地のど真ん中で何時間も放置されて、無事でいられるわけ無いじゃないですか!」
 『そこには研究員しか居ないから大丈夫。侵入者が居るってことがわかってもそう簡単に手出しはできないはずよ』
 「危険であることには変わりないじゃないですか!そんなの安全だとは言えません!」
 『じゃあ聞くけど、今現場にいるあなた一人で一体何ができるっていうの?あなたがそこに残ったところで助ける側からすれば荷物が一つ増えるだけ、プラスに働くことなんて一つもないのよ。わがままはやめて。誘導するから急いで部屋を出なさい』
 「グガァ……」
 紙の山を書き分け白雪が立ち上がる。
 『休息が終わったわ。早く逃げなさい。でないとミンチにされるわよ』
 「アアアアアァッ!!」
 『早くっ!!全力でここから逃げ』
 その台詞の後半は壁が崩れ落ちる音でかき消されてしまった。白雪が動き出したのだ。
 舞い上がった土埃が落ち着いてきて、壁の向こう側が露になる。この部屋と似た間取りをした研究室が広がっていた。逃げ去っていく数人の研究員の後ろ姿が見える。
 『唯史』
 「この調子で何時間も暴れたら……融さんはあとどれくらいで到着するんですか?」
 『後十分……いえ、十五分は最低でも掛かると思うわ』
 それじゃ間に合わない。誰かが必ず犠牲になる。
 『唯史、言う通りにしなさい』
 「……融さんが言ったんです。僕は白雪の幸せだって」
 『何の話よ?』
 「僕にもできることはあるんじゃないかっていう話です」
 僕はインカムを外し、地面に放った。操が騒いでいるような気がしたが何を言っているかは聞き取れなかった。
 ここで他の者に任せて白雪を見捨てて逃げ帰ったら僕は必ず後悔する。白雪が助かって全部丸く収まったとしても僕は僕を許せない。何かをしたい。ここで確認したい。僕にも何かができるってことを。僕を好きになってくれた白雪に伝えたい。
 「ウゥ、ウゥゥゥ」
 白雪が髪をゆらりと長い髪を揺らしながら立ち上がった。
 「白雪」
 臨海点にまで溜まったストレスの爆発。操さんは暴走の原因をそう説明した。だが、僕には今の彼女の暴走はそれとは違うところに原因があるように思えた。男が僕の足を引きちぎろうとしたその時、彼女は暴走状態に入ったのだ。彼女は僕を守るために、自らそのスイッチを入れてしまったのかもしれない。僕はそう感じた。確証はない。賭けだ。でも十分に勝算はあるはずだ。
 僕は白雪の方へ一歩、足を踏み出した。
 「……ガァァアアアッ!」
 白雪は一瞬で僕の目の前まで距離を詰めてきた。何かを考える暇も無く床に打ち伏せられる。
 「かはっ」
 うまく呼吸ができない。痛みで脳みそがねじ切れそうだ。無感情な瞳と表情で白雪が僕を見下ろしていた。僕は白雪の腰の辺りに飛びついた。残った右腕を彼女の体に巻きつけ、顔を押し付ける。白雪はバランスを崩し、床に倒れた。体をよじり、両手で僕の頭を掴み引き剥がそうとする。この体勢だからだろうか、耐えられない程の力ではなかった。
 「ウァアアアァア!!!!」
 「白雪っ!」
 こうして彼女を疲労させれば、暴走が終わるのを早めさせることができることが出来るかもしれない。あとは融さん頼みだ。
 「うっ!」
 後頭部に強い衝撃を感じた。体の力が抜け意識が薄れていく。せめて応援が来るまで……意識を保って、おかない、と…………。