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キラーマシンガール 後編

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 目的の部屋には紙の束が山のように詰まれていた。奥には古いタイプのコンピュータが鎮座している。
 「この資料を全部破壊すればいいんだな」
 「はい。唯史さんはこっちの、紙の資料をお願いします」
 白雪が僕に向かってマッチ箱を放った。
 「いいのか、火なんか着けちゃって」
 「この方法が最も確実です。紙の媒体を保存しているということは消化設備も充実しているだろうし、それほど大きな火事にはならないはずです」
 「なるほど」
 火をつけるだけ。簡単な作業だ。束の山に近づき、マッチ棒を取り出す。その時、一番上の黄ばんだ紙に綴られた文章が目に入った。
 「『クローン生物の培養と育成、量産によるメリットとデメリットについて』……?」
 「随分古いものですね。以前操さんがその分野に興味示していたことがあったような」
 白雪はパソコンの画面を見つめてキーボードを軽快に叩きながら答えた。
 「クローン研究の話って最近聞かなくなったよな。一時期マスコミに沢山取り上げられてたのに」
 「お金が掛かる割に実りが少ない分野ですからね。クローン人間を作るってわけにもいかないし」
 「ふーん。こっちでもクローン人間はタブーなんだ」
 「タブー中のタブーですね。こうやってどこかで研究が進められている可能性もありますけど」
 「ふーん」
 マッチ棒を擦り、火をつける。これで終わりだ。そして火のついたマッチが僕の手から離れた瞬間、
 「唯史さんっ!」
 白雪の叫び声。振り向く間もなく体を強い衝撃が襲い、床に叩きつけられる。
 自分の上に覆い被さっている白雪の体を見て僕は衝撃の正体が彼女であることを知った。ばさばさと何かが崩れるような音がする。僕の頭上では何枚もの紙がひらひらと部屋の中を舞っていた。
 僕が放ったマッチ棒は紙の山の手前に転がっている。火は消えていた。僕の立っていた場所を見ると、壁一面に積み上げられていた紙の束の山がきれいに一刀両断されていた。
 白雪がいなかったら僕の体がこうなっていただろう。身体中の皮膚が粟立つのを僕は感じた。
 「危ないよー。危ない危ない」
 紙吹雪の中に男が立っていた。どうやらこれは彼の仕業のようだ。180センチくらいの身体は病的に細い。見た目は若く僕や白雪と同じくらいの歳に見えた。くたびれた背広に裾のはみ出たシャツ、緩んだネクタイとずり下がったスラックス。だらしないスーツ姿の青年が僕の目の前に立っていた。男は残り半分になった紙の山を見ると、
 「お、これか?」
 山に手を突っ込み中を探り始めた。
 「唯史さん。こっちに来て」
 僕は急いで立ち上がり白雪の元へ駆けた。
 『何が起こったの?』
 インカムから操の声が聞こえた。
 「敵です。資料を守るのが目的なようです」
 『なるほど。それじゃ白雪は全ての資料を破棄することを最優先に動きなさい。唯史は自分の身を守ることだけ考えて』
 「……はい」「了解です」
 「ん、これかな」
 男が手を引き抜くと、その手にはクリップで綴じられた古びた紙の束が握られていた。
 「きったない。埃まみれだ」
 男は咳き込みながら書類をはたき、部屋の出口に向かって歩き出した。
 「待て」
 「ん?」
 「動くな」
 白雪は男に向けて銃を構えていた。
 「む」
 男は立ち止まり両手を上げた。
 「これ、持って行っちゃだめなんだ?」
 手に持った資料をパタパタと振る。白雪は何も反応しない。じりじりと距離を縮めていく。
 「僕はね、この資料を無事に持ち帰ってこいって言われているんだ」
 そう言いながら紙の束をひらひらと左右に揺らす。
 「だめ?」
 「…………」
 沈黙を守る白雪。突然男が動き出した。白雪に飛びかかり蹴りを繰り出す。白雪は難なくそれをかわすと、なんのためらいもなく男の腹部に銃弾を撃ち込んだ。
 「うおっ!」
 青年は後ろに跳びのき、白雪と距離を置いた。ちょうど僕と白雪の間に男が立つ形となった。
 「ふぃー。……君のこと知ってるかも。八王子のとこの機械義肢の人でしょ」
 男は弾が当たったことは全く応えていないようだった。白雪の動きがぴくりと固まる。
 「無口だけど感情を隠すのは苦手みたいだね。そっちの男の子も機械義肢?」
 男は白雪の顔をじっと見つめている。白雪の頬を汗が伝い、流れ落ちた。
 「なるほど」
 男が向きを変えた。僕に近づいてくる。
 「待て!」
 白雪が背中から男に襲いかかる。しかし男は恐ろしい速度で反応した。振り向き様に回し蹴りを放ち、白雪のわき腹を思い切り打ち抜いた。
 「うぁぁっ!」
 白雪の体が吹き飛び、崩れ落ちた紙の山に突っ込んでいく。
 「白雪!」
 「大丈夫だよ、殺してはいない」
 『唯史、落ち着いて。扉と敵と自分の位置を確認して、逃げることを最優先に考え』
 「お静かに」
 素早く男は僕のインカムを奪い取り、握りつぶした。
 どうすればいい。白雪は今動けない。この男との実力差は明らかだ。この距離では逃げることも戦うこともできない。
 「……戦闘の経験はないのか」
 男の手がこちらに伸びてくる。
 「やめろ!」
 男の向こう側、紙を掻き分け体を起こし叫び声をあげる白雪が見える。
 「お前はそこで黙って見ていろ。動けばこいつは殺す」
 「……唯史さん」
 白雪は踏み出しかけた足を床に擦りつけ、こぶしを握り締めていた。
 「君も動いちゃだめだよ。大丈夫。命までは奪わない」
 男が僕を見ている。すぐ手の届く場所にいる。「殺してはいない」……さっき男はそう言った。そう、こいつはその気になればいつだって僕達を殺すことができる。多分、実力は白雪より上だ。死ぬ。死ぬ。向井さんを失ったあの夜と同じ、死の恐怖が僕を襲っていた。
 「こっちの腕がその機械義肢なんだね」
 男はしゃがんで僕の左手首に触れた。動いてはいけない。僕とこいつの間には果てしない実力の差がある。言うことを聞くしかない。生きるためにはそうする他無いのだ。
 次の瞬間、左の肩に電撃のような激しい痛みが走った。
 「ぐぁあああああああっ!」
 「唯史さんっ!!」
 頭の中が真っ白になる。白雪の悲鳴が聞こえた。反射的に痛んだ部分を手で押さえる。指先の違和感。意識の霞む頭が体の異変を辛うじて理解した。
 「これ、もらってくね」
 男を見ると、その手にはさっきまで僕の左腕として動いていた機械義肢がぶら下がっていた。僕の肩からは千切られたコードの束がいくつもはみ出していた。
 「何をしている!」
 「うちのボスが、こういうのに結構興味持っててさ。持っていったら喜んでもらえるかなと思って。おっと、まだ動かないでくれよ。まだ持ってるでしょ、君」
 次は足だ。僕は体を引きずり、四つんばいのまま部屋の隅へと逃げた。男は静かな足取りで僕の後を追ってくる。
 「わかった。脚だ、左脚。そうでしょ?」
 「う……やめろ……」
 助けを求めて白雪に視線で呼びかける。彼女は以前立ち尽くしたままで、苦悶の表情を浮かべていた。
 「それじゃこっちもいただこうか」
 男が僕の足首を掴み、持ち上げる。
 「やめてくれ……!」
 「これ終わったらおとなしく帰るから。ね」