キラーマシン・ガール 前編
食事を終えた僕はまず窓から外の様子を確認してみることにした。「部屋からでるのは厳禁だからねー」日向がのんびりした口調で言った。
窓の外は四辺を建物に囲まれた小さな庭のような空間が広がっていた。僕のいるこの部屋もその一辺の建物に含まれている。この部屋から出ることは許されていなかったので、僕が確認できるのはここまでの範囲ということになる。現在地に関する手がかりは何一つないようだった。あまりにもわからないことが多すぎる。ほとんど軟禁状態だ。
それから一時間ほど経つとさすがの日向も話すことがなくなったようだった。どこからか折り紙を持ってきた彼女はひたすら鶴を折りながら「ひまだーひま。潤いをくれー」などと呻き声を上げていた。
彼女がすんなりと僕の疑問に答えてくれるかはわからないが、ものはためしだ。聞いてみよう。
「あの、向井さん。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何よ向井さんなんてよそよそしい。私と唯史君の仲じゃない。日向さんと呼びなさいよ!」
「まだ知り合って三時間も経ってないでしょ……」
「重ねた時間の長さと絆の深さは必ずしも比例するものじゃないんだよ、唯史君。そして聞きたいことってなんだい?」
「操さんから今の状況について簡単に教えてもらったんですけど、あまりにも説明がおおざっぱで……」
「ふむ、そりゃそーよね。いきなりこんなところに放りだされちゃね。いいよ、私に任せなさい」
日向は大仰な動作で足を組みなおし、得意げな顔をした。
「説明といっても、基本的には普通の病院と一緒だからあんまり気にしなくてもいいんだけどね。でもまぁ、一つ心に留めておかなければならない点といえば、ここは今まで君が今まで暮らしてきた社会とは全く違う場所だってことだよね」
「操さんも言ってました。ならず者の治療をしてどうとかって……」
「うん。普通の病院にはこれないような人なんかがやってきて治療を受けてるんだよ。あまりよろしくない経歴を持ってる人が大半だね」
「……犯罪者ってことですか」
「あ、気にしなくても大丈夫。そういう人達が変なことをしても大丈夫なように、戦闘の得意な人を何人か雇ってあるから。特に唯史君みたいな子の周りはより厳重に監視してあるから問題なしだよ」
「僕みたいなって?」
「操さんの作る機械義肢はホントによくできていてね、一部ではもの凄い価値を持ってたりするの。だから君の体を欲しがる人も少なからずいるんだ。そのための監視だよ」
「初めて聞きました。それじゃ気軽に外も出られないんじゃないですか……?」
「うん……というか君の場合、もう元の日常に戻ることは期待しない方がいいかもしれないね」
「え……?」
「精巧に作られているとはいえ、一応機械だからさ。定期的に整備しなくちゃならないから操さんの傍を離れるのはちょっと危ないんだよ。ここを離れないでいるのが色々な意味で安全だと私は思うけどね」
「そんな。勝手過ぎます」
「勝手だね。そもそも操さんが君の治療をしたのはその体が機械義肢の実験体として調度いい怪我の具合だったからなんだ。こうなった以上は操さんもみすみすそれを手放すようなことはしないと思うしさ。普通の病院に行っていれば命は無かっただろうし、今は生きていたことに感謝するべきだよ」
「そんな……そんな!認められません……受け入れられませんよ、そんなこと!」
日向は申し訳なさそうな表情をして俯いた。
「そうだね……でも、そうなっちゃったんだから。受け入れることはできなくても向き合わないと」
僕は絶句した。もう元の生活には戻れないだって?
僕を育ててくれた叔母、妹。高校の友達。僕の過去、将来。今まで僕を僕たらしめていた沢山のものが失われていく。
「大丈夫?唯史くん……」
日向は立ち上がり僕の隣にそっと寄り添うように腰を下ろす。
「君は何も悪くないのにね。ごめんね」
彼女の手が伸びてきて僕の肩に優しく触れた。
「大変だよね。辛いよね。でも、私もいるからさ。少しずつ、今出来ることやっていこう?ね、がんばろ?」
手の感触が心地よかった。
「くっそ……なんか泣きそうなんですけど」
「泣け泣け。身も心もすべて私に任せてしまえ」
「……なんかむかつく」
「素直じゃないなあ」
日向は笑ってそう言うと小さな体を僕に覆い被せるようにして、力強く抱きしめた。
先行きが不安だった。これから一人で生きていくのが怖かった。でも隣には日向がいた。僕は独りじゃなかった。
作品名:キラーマシン・ガール 前編 作家名:くろかわ